3.風車の丘


 海の近く、風車の丘にターコイズ色の塗装が剥げかかったベンチが並んでいる。


 私はそこで海に向かって、座っている。


 カモメが飛び交い、風車は回る。




 今は梅雨時、空も海も暗い鈍色をしている。


 地平線はぼんやりとして、陸地は見えない。





 風車たちは街や工場に電力を供給したり、水素を製造するのに欠かせない。


 私の家は自家発電だし、水素もあまり使わないけど、いつも燃料として使っているバイオエタノールと私たちの食料を作るにも膨大な電力が必要だから、これらの風車にも多分お世話になっているのだろう。





 海風は絶えることなく吹き続け、風車は無機質なモーターの音を響かせる。


 そびえ立つ鈍色の高圧電線の鉄塔は、迫ってくるような威圧感を感じさせ、私を不安な気持ちにさせる。


 近くに真水製造工場があるけれど、雨だれの目立つ大きなコンクリート色の建物は静まりかえって、稼働しているのかもわからない。






 梅雨は人々を悲しく、憂鬱な気分にする。


 ずっとまえ、友達が梅雨が嫌いだといった。


 私もそうだった。




 だけど、梅雨は真水が乏しい新大陸に水を恵んでくれることを知ってから私は考えを少し改めた。







 悲しいとき、私は一人で思いっきり泣く。


 梅雨空のような、鉛のような色の涙を流し、私は一人で静かに泣き続ける。



 涙の一粒一粒に世界が映る。


 涙の中の世界は水色のかかった灰色をしていて、誰もいないように静かで、美しい。






 涙の滴は垂れ落ち、中にあった世界は跡形もなく壊れてしまう。私は自分の生きている世界に目を戻す。


 そのとき、私は思う。この世界はどれほど色鮮やかなのだろう。

 

 




 


 足元に咲いている黄色い花を見つける。


 花びらは彫刻のように繊細で、少し透けていて、葉脈のようになっている部分が白く浮き出ている。そのうえ、黒い模様が美しさを際立たせている。




 弟は絵を描くのが好きだから、写真を撮って送ればきっと喜ぶだろう。



 私は政府から支給された年代物のスマートフォンを取り出し、不慣れな手つきで花の写真を撮る。




 スマートフォンの扱いは苦手だ。


 旧陸地の先進国や、都市に住んでいる子みたいに、毎日の食事やどこに行ったか、何があったのかを全て写真に撮って記録する、といった使い方をすれば多少は慣れると思う。


 でも、私はそういうのには興味がないし、そもそも政府は私がそんなことに使う為に、スマートフォンを与えてくれたわけじゃない。





 なんとかぼやけた写真を撮り終えた私は丘を登ってゆく。


 写真に写っている花は、先程私がみたものとは似て非なるもので、少し口惜しい。


 けれど、弟ならばこんな写真でもいい絵が描けると思っている。





 私は風車が並ぶ海辺の丘たちを一望する。


 この風景とも、あと少しでお別れだ。





 来年、この丘には巨大なリサイクル工場が建つ。


 老朽化したリサイクル工場を移転することで、従業員の労働環境や近隣の住民の健康問題を改善できるという。





 風力発電所は残るけど、発電機は今のような風車ではなくて、最新式の風がポールを振動させる力で発電するタイプに変わる。


 こちらの方が、発電効率が高く、鳥を巻き込む心配がなく、騒音も出ないらしい。




 皆、喜んでいる。


 私も喜ぶべきなのだろう。




 でも、出来なかった。自分が小さい頃から慣れ親しみ、大切に思っていたとっておきの場所がなくなってしまう。


 毎日、そう思うたびに悲しくなり、毎回、他人が工場の移転を喜ぶ声を聞くたびに罪悪感が湧いた。




 今、この丘が一層綺麗に見える。





 悲しみは消えない。


 けど、涙を流すたびに、私は前向きになれる。




 街に帰る途中の工事関係者の方を乗せたホバークラフトが丘を通りかかる。


 空いている座席か荷台にでも乗せてもらって、家の近くまで送ってもらおう。



 私はホバークラフトに向かって、笑顔で手を振る。




 

 来年のこの季節、どのような景色が私を待っているのだろう。


 誰も私の問いには答えない。


 ただ、無数の白い風車たちが口笛のような風切り音を響かせ、くるくるとまわっている。








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