2.愛しい我が家
私は家の甲板にあるデッキチェアに深く腰掛け、暮れ行く空を眺める。
様々なかたちの雲が空を横断していき、鳥は悠々と大陸を旅する。
農業用や監視用のドローンが、音もなく空を縦横無尽に飛びまわる。
頭上に飛行機の航路があるらしく、時折、大型旅客機が雲の間から姿を現す。
それらは燃料電池から出る高温の排気ガスで空に白い航跡を描いていく。
今日はかなり運が良く、エアカーも数台見た。
こんな片田舎でも意外とホバークラフトと出くわすことはあるが、さすがにエアカーでこの付近に寄る人は少ないらしく、運良く見かけたとしても、政府のものや、業務用のものが多くて自家用やタクシーはまず見ない。
それが、今日は個人所有の自家用エアカーが二台も飛んでいったのだ。
一台は白いキャンピング仕様だったが、もう一台は真っ赤なスポーツタイプで、最高にかっこよかった。
今日はいいことが起こりそうな予感がする。
海風が止んでいく。
背伸びをすると丘の向こうから海が顔をだす。海岸は見えない。鈍色の海は無表情だった。
丘では無数の風車が羽根を休めている。
「お母さんたち、今日は海辺での作業だと言っていたけど、いつ帰ってくるのかな」
最近、両親は仕事が忙しくいつも帰ってくるのが遅い。
休日には美味しい物でも作ってあげたいけれど、食材は貴重なので、勝手なこともできない。
仕事が多いということは景気が良い証だ。
でも、両親の疲れた顔を見ると、早く忙しい時期が終わると良いな、と思ってしまう。
私は赤錆が浮いた家の壁を見る。元は白かったらしい壁はもはや元の色がわからない程錆びている。
これはこれで風情があると思うけど、錆すぎて穴が開いたら嫌なので、そろそろ父に塗り直えを提案しなければな、と思った。
私の家は漁船とコンテナでできている。
正確には古い漁船を陸揚げして倒れないように固定したのを、そのままだと少々狭いので、コンテナとコンクリートの廃材、それから別の船のドアや窓といった部品を組み合わせて、リビングと台所、倉庫、鶏小屋などを増築したと言ったらいいかな。
ちょっと変わった家だとよく言われるけど、私はこの家が大好きだ。
確かに、玄関が二階にあったり、窓が小さかったり、天井が低かったりして、一見すると、一般的なコンテナハウスに比べて住みにくそうと思われることがある。
けれど、実は見かけよりずっと丈夫で暮らしやすい。その上、大雨が降っても浸水することはまずないという安心感がある。
断熱性もよくて、冬でも全然寒くない。
でも、私がこの家が好きな一番の理由はやはり、ここが愛しい我が家だからだ。
たとえ、元漁船であるメリットが一切なくても、私はここが好きだろう。
夕陽をバックにして、一機のホバークラフトクラフトが現れる。
姿ははっきり見えないけど、私は、それが我が家のホバークラフトだと確信する。
「ああ、よかった。今日は仕事が早く終わったんだね」
私は立ち上がる。今日は弟が夕食の支度をすると言っていたけど、なんだか頼りないから、私も手伝うことにする。
夕焼け色に染まった洗濯物の下をくぐり、分厚い鉄のドアを開けて、私はリビングに入る。
リビングはひっそりと静まっている。
弟は勉強をしているらしく、祖母も弟に勉強を教えているのか、自分の部屋で本を読んでいるのかしているのだろう。
曇った小さな窓から、夕陽の最後の輝きが差し込んで何も載っていない食卓を照らす。
今日は燃料用の油がたっぷりあるし、電気を節約したいので、私はランプを取り出し、油を注ぐ。
マッチを擦り、ランプに火をつけるとリビングは暖かい光に包まれる。
宿題を終えた弟が台所にやってきて、栄養食が入った箱を戸棚から出す。
私と弟は仲良く台所にならぶ。
ランプが作る光と影の世界で私たちは夕食の支度に追われる。
弟は自分で育てたというじゃがいもを五つ持ってきた。
偶然、全部ほとんど同じ大きさなので、一人一個は食べられるだろう。
いつも頑張っているお母さん、お父さんへのサプライズだ。
じゃがいもの皮を剥き、鍋に入れて蒸す。
もうすぐ、両親が帰ってくる時間だ。
ちょうどいい。あと十分ほどで出来上がる。
塩を少し使っても怒られないかな。なんて考えていると、ホバークラフトの音がだんだん近づいてきて、家の前で止まる。
二人が話し合う声、階段を上がる足音。
玄関のドアが開く。
「お母さん、お父さん。お帰りなさい」
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