第2話




「我ながら、オシャレな雰囲気だけは出せたと思うわ。今日一日、別のクラスの展示を見回ったけど、うちが優勝間違いなしね」


 華やかな、西洋の城内のような教室を腕を組み一望して、西園寺愛莉はそう言った。


 さすが一部の界隈で女王と呼ばれるだけあって、すごい自信だ。


 夕方五時半を告げるチャイムが鳴った。


 もうすぐキャンプファイヤーの準備という名目の雑用が始まる時間だというのに、このテンションの高さはどこから来るのだろうか。


 俺は呆れたように口を開く。


「まあ確かに、教室の世界観は好評だったみたいだけどな。特に、あの四隅に置いた綺麗な白バラとか。でも優勝するかどうかは分からないぞ」


「ふふ、今朝買ってきて正解だったわね。エターナルビューティ、もう名前から最高よ」


 うちの文化祭はクラス展示において全クラス合同で順位がつく。


 展示の内容もそうだが、教室の雰囲気、受付の応対なども総合的に評価される。評価は、担当の先生が一般客に紛れ込んで確かめるため、本気で優勝を狙うなら、のべつ幕なしに油断ができない。


 それにプラスして次の日の朝、最終審査員として美術の先生が各クラスの展示を見回り、順位が確定する。


 実行委員である西園寺は優勝を目指している。彼女いわく、優勝景品なんかには興味がないとのことだ。性格から察するに、実績とか名誉なんかが欲しいのだろう。


 窓の向こうに目をやると、鮮やかなオレンジがトロリと地平線に溶け始めている様子が見える。

 その橙の光に当てられたエターナルビューティの白が、それに染まってしまいそうだ。


 この西日が消え去れば、後はキャンプファイヤーを残すのみだが、消火後のスピーチの担当が俺になっている。


 土俵際の太陽様にはもう少し粘っていただきたい。


 透き通るような黒髪をバサッと掻き揚げた、大きな西園寺の影がうねる。


「私がプロデュースした教室よ! 大船に乗った気持ちでいるといいわ。それに、受付の東雲さんもしっかりやってくれてるみたいだし」


 東雲さん――と言ってもそう呼ぶのは西園寺のみで、うちのクラスメイトはこぞって委員長と呼ぶ――は廊下で聞いていたのか、


「私も優勝だと思う。これだけやってる人はいないよ」


 と、少し強めの口調で言う。


「まあ、確かに西園寺はよくやってるよ」


「あのさ」


 廊下からの声。これもまた強めの口調だ。思わず足が後ろに半歩動く。


「……私、お手洗いに行きたいから、西園寺さん、少しだけ受付係お願いしてもいいかな?」


 西園寺が返事をする間もなく俺が遮る。


「あ、悪い、委員長。それはあそこの絵画オタクに頼んでくれ。今から俺たち、キャンプファイヤーの準備に駆り出されるから」


 悲しいことに俺も実行委員の一人なのだ。昔からじゃんけんは弱い。


「ちょっと。良太くんに失礼なあだ名付けないでくれる?」


 良太くん、というのは小田の名前で、これも西園寺だけの呼び方だ。

 というか、誰にも呼ばせないだろう。正直、この二人が交際関係にあることが、未だに信じがたい。


 小田は、キャンバスと白いバラに視線を交互に向けている。


 西園寺が持ってきたエターナルビューティを描いているのだろう。


 虹色のパレットを片手に、水の入った銀色のバケツを足元に添えたその姿は、この場の雰囲気に見事に溶け込んでしまっている。失礼な言いようだが、彼自身も美しい展示品の一つみたいだ。


少しして、


「委員長、一分で戻ってきてね」


 と言って、小田が筆を止めた時にはもう委員長はいなかった。それほどまでに我慢していたのだろうか?



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