第3話
キャンプファイヤーの準備と言っても、そんなに時間はかからない。
日が溶けてなくなる前に作業を行ったのは、薄暗くなってくると事故が起きやすくなるから、という単純な理由。
空はもうすっかり夜の色に支配されている。速やかに作業を完了させた実行委員各位は、火が灯るまでの微妙に長い時間を雑談で潰している。
俺はひたすら、西園寺の惚気を延々聞かされるという地獄を味わいながら、井桁型に積み重ねた薪を眺めている。
こうなったのも小田が現れたせいだ。
「新聞紙もらえる? 絵の具で色々汚しちゃうと大変だから」
と言ってキャンプファイヤーの燃料の余りとして残っていたのをいくつか持って行った。
それ自体は全く問題ないのだが、同時に西園寺の惚気モードの起動を誘発してしまった。
不思議なことに、その話に入ってから全く時間が経過しない。
「良太くん、この前私の似顔絵を描いてくれてね」
「西園寺! 一つ聞いてもいいか?」
「ん、なに? 人がせっかく話してるのに」
こいつは不機嫌になった時も腕を組むらしい。
「なんでそんなに優勝したいんだ?」
西園寺自身の自慢話なら、幾分かマシだろう。
「……まあ、ここだけの話よ」
あの西園寺が珍しく目線を外す。何かやましいことでもあるのだろうか? とりあえず黙って頷いておく。
「良太くんってさ」
またか。ハズレだ。
「その顔やめなさい、今回は大真面目な話。絵を描いてる時、キラキラしてるのよね。絵のことなんて分からないけれど、才能があるってことは分かる。なんか悔しいじゃない? 隣にいるのに、隣にいないような感じがして。私にはそういう才能ないし」
西園寺にしては意外なほど弱気すぎて、つい驚きが表情に浮かび上がっているだろうが、構わずに西園寺は続ける。
「だから一ミリでも近づけるように、私は何かを達成しなければいけないの。勝ち続けなければならないの。何か持ってる人にならなきゃ」
西園寺にここまで言わせてしまう小田良太のことは、俺も一目置いている。
スター故のカリスマ性みたいなところか。だが、西園寺のほうも十分備わっていると思う。
小田もいつも西園寺の自慢話ばかりしてくるのだ。結局は、ただの似た者同士なのだ。
「とにかく、絶対優勝してみせるわ。まあもう特にやることはないんだけどね。そんなことより、キャンプファイヤーの消火後のスピーチ、ちゃんと覚えたの? あなたが担当になってたはずだけど」
「……西園寺、恩に着る」
「教室にメモ忘れたんでしょう? 早く取ってきなさいよ。もう校舎のブレーカー落とし始めるわよ」
今年の文化祭は演出にも力を入れたいということで、点火前に校舎の電気を全て消すらしい。
グラウンドが校舎に囲まれているうちの高校ならではの演出だ。
そして点火と共に、円を描くように校舎に光を灯していく。机上論だと美しいイメージ映像が流れたが、実際はどうだろうか。
「まあ、携帯電話のライトがあるから大丈夫。急いで取ってくる」
そう言った矢先に校舎から光が失われた。
点火まで、残り一分だ。
メモよりも先に小田を見つけた。
一階のトイレからぬっと出てきた時は、そこそこのホラー耐性を持つ俺でも、思わず声が出てしまったほどだった。
「どうしてもトイレ行きたくてさ。暗くて本当に見えづらかった」
ライトで前を照らしながら階段を進む。
「それにしても一回のトイレって妙に涼しいよね~。お化けでもいるのかな?」
なんとなく今、小田のせいで臆病になっている気がする。一段ずつ、上っていく。
「無視はひどいな。いくら僕に驚かされたとはいえ、ビビりすぎだよ」
「うるさい。そういえばさっき散々、西園寺にお前の自慢話を聞かされた。お前と同じでうんざりだ」
「え、愛莉が? ちょっと意外だな」
パッと視界が眩しくなる。
ちょうど階段を上りきったところで校舎に光が戻ったらしく、廊下の電気が付いていく。
どうやらキャンプファイヤーは無事に点火されたみたいだが、この演出は果たして本当に綺麗だったのだろうか。
廊下には隣のクラスの皆川さんと、委員長がいた。
「……どうしたの?」
と鷹のような目つきで睨んでくる学級委員長。なぜだ。
「いや、忘れ物だけど」
教室の明かりをつけ、端に寄せた机からメモを見つける。
委員長の機嫌がなぜか悪いので速やかに戻ろうとした時、俺は違和感を覚えた。
その正体は教室を見渡せばすぐ分かることだった。西園寺の持ってきたエターナルビューティが見当たらないのだ。
「小田、バラは?」
呼ばれて教室に入った小田は端の机を指差して
「そこに寄せてたんだけど……あれ」
教室中を包んでいた強い香りが、確かに消えている。
四隅に飾っていたエターナルビューティがない。それも花瓶ごとである。
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