ログ:雷音の機械兵(15)

「紗也は努力家なんでね、根性は俺譲りだ」

 鉄平が胸を張って言うので紗也は嬉しかった。人前で褒められた事が無かったから鉄平の一言で紗也の心はますます踊る。

『おのれ、人間ぶぜいの身代わり人形め』

 機械兵が接近しようとしたがなんと転倒した。聡明な紗也が何もせず立っているはずがない。最初の電光を走らせた時、首の破損箇所に微弱な電流を送り込んでいた。内部からなら奴の動きを止められると思った。見事に奏功した。

『ぬ、うぁ……うおお……』

 損傷箇所から中枢系を支配されたジャギルスは何度も再起を試みるが、四肢の掌握ができずに床の上で転がっている。

『まさか、僕が負けるのか? 僕は最新型だぞ。人間に代わり地上の支配者である僕が、人間の身代わり人形ごときに……?』

 ジャギルスは頭の回転速度が速い。この場の生殺与奪の権利が誰に移動したのか、早くも理解したらしく、声に絶望と諦観が窺える。

『まさかそんな、僕は勝つために生まれたんだぞ。僕が破れるなんて……僕は殺されるのか? 理想の世界を見ることもなく……嫌だ、嫌だ嫌だ……僕の夢が……壊れるッ!』

 夢……紗也の耳がぴくりと動いた。のたうち回るジャギルスは高慢さが嘘のように喚き散らしている。……可哀あわれだ。

 紗也は人間と戦い滅ぼすために生まれたジャギルスの背景に想いを寄せた。

(彼も自分と同じじゃないか?)

 彼は誰かの理想を叶える代替者として戦わされているに過ぎない。彼には自我がある。ゆえに戦う以外の理想を求める手段を知らないだけでは無いのか?

 死への抵抗を示す彼に、まるで自分達と変わらない「弱さ」が見えた。

 紗也は過ぎ去った日々を思い出す。紗良と共に生きた記憶。

 機械兵に届くよう喋り始めた。

「人間の代わりはアンドロイドの宿命だから、私は感情を与えられた人形に過ぎない。それでも……幸せを感じられた」

 村に生きる人達の笑顔と涙が私に平和を祈らせた。思い出すと胸が温かくなる毎日に私は彼らを守りたいと「心」から思った。すると皆がお互いを思いやる気持ちをもって助け合い生きている姿が私の目に見えてきた。

 与える心を持ったから与えられる心が養われた。人間の心の可能性を知った。

 廃れた世界と言われても人の心まで廃れてない。いつか私達の持つ平和の火種がきっとまた世界に温もりをもたらす。だからまだ人類を滅ぼさせる訳にはいかない。

「私は、私。この広い世界でただ一人の存在……最も尊い命です」

 そして無機生命体あなたも、尊い命。平和な世界を望む尊い存在です。

 それを気付かせてくれたのは機械兵だった。教えてくれたのは人間だった。共に目指すものは同じのはず。だから、私は願います。

「私達は共に生きていきたい。話せばきっと分かり合える」

 微電流で抑え続ける機械兵に向けて、紗也は微笑んだ。驚いていたのは鉄平だ。

「紗也……お前、そんなことを」

 ひれ伏す機械兵を見て機械兵の持つ可能性にかけてみたくなった。

「エリーのように人と生きるアトルギアもいる。だからきっと、ジャギルスも……」

「奴に情けをかけては駄目!」

 その時意識を取り戻したエリサが叫んだ。

『馬鹿め』

「避けて紗也!」

 機械兵の口から管が射出された。先ほど破壊された管は先端を広げることなく紗也の胸を貫く。機械兵は紗也が電流を弱める隙を狙っていたのだ。何百、何千と人間を殺した殺人鬼だ。手段は選ばない。

『よくも、よくも僕の子ども達を、許さん……許さんぞ』

 紗也は何が起こったのか理解できなかった。体を貫いた機械の管は大きくしなり、紗也を振り落とした。紗也の帯びていた電光は消え、辺りを闇が包んだ。空の雷電が塔に射し込み影を浮かべる。

 鉄平が叫んだ。

「紗也! ……貴様ァアアッ!」

「危ない、鉄平!」

 突っ込んだ鉄平を機械の爪が薙ぎ払おうとするが、瞬時にエリサが飛び付いて鉄平を押し倒す。鉄爪は機械柱ごと空間を切り裂いた。もはや壊れた柱は用済みらしい。機械兵が嗤う。

『その心の甘さと弱さが強きに進化する足枷なのだよ。弱者がいるから淘汰競争が終わらない。世界は完全なる強者……僕達だけが平和を実現できるのだ』

「てめぇ、狂ってやがる……」

『あぁそうだ。だが僕から見れば君達こそ狂っている。人間は合理性を求めるために我々機械を開発した。未踏の世界に踏み入れようと奮起する彼らの期待に我々は見事、応えたのだ。なぜ敵視する? なぜ抵抗する?』

「アンドロイドの紗也が共存の道を示したのを聞かなかったのか!」

『紗也の言葉は人間の意見だろう? 僕達の意思は尊重されていない』

「だから……紗也を刺したのか?」

 憤怒に震える声が慄いている。

『弱者だからね』

「ふッ……ざけんなぁーーあ"あ"あ"あ"!!」

 組みつくエリサを突き飛ばして鉄平が駆けた。機械兵は無抵抗で彼の拳を受け容れる。無論効くはずがない。

「駄目よ、鉄平! あなたが敵う相手じゃない!」

『そうだ、弱者がいくら足掻こうと新たな世代の我々に太刀打ちできようものか』

 笑い続ける機械兵を耳に入れず鉄平は叫びながら拳を振るう。もうそれしか感情のやり場がないのだろう。半狂乱の雄叫びが部屋中に響き、剥けた拳の皮から血が飛び舞う。

 紗也、紗也は、紗也はっ!

「お前に殺されるために生まれたんじゃねえ! 愛されるため生まれてきたんだァッ!」

『あぁ、それは気の毒だ』

 機械兵が鉄平の頰を張る。倒れ伏す鉄平の頭を踏みつけジャギルスは嘆くように言う。

「ぐ、がぁ……!」

『紗也の叡智は見事だと認めよう。天候を操る力は僕も欲しい。が、口惜しいかな、彼女本人に生殖器を壊されてしまった。まあ良い、街は落とせたし、人間と機械人の試験情報サンプルも回収できた』

 そして赤く目を点滅させる。

『あとは掃き掃除をして、おいとましよう』

 上空から雷鳴が轟く。ジャギルスの排熱音が高まった。脚の下で鉄平が悲鳴を上げる。

「ぐぁああ……ッ」

 頭蓋が踏み潰されようとしている。エリサは助けたがるが限界を超えた四肢に力はもう入らない。動ける人間達はもういない。少女の前でまた一つ命が潰えようとしていた。

『ぬおっ』

 突然、稲妻が空間を一閃した。上空からではなくすぐ近くから。光芒が迸った先にジャギルスを捉えた。

「私が守るから、みんなを……守る……!」

 空気を裂く音。鉄平を踏み付けていた機械兵が押し退けられ紗也が姿を見せた。

「紗也! その身体は……」

 紗也の胸には大きな風穴が空いている。

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