ログ:雷音の機械兵(14)
「紗也様の御成り」
あたりに電光が走る。全身が総毛立つような静電気が空中に帯び始め、目映いほどの光線が部屋一面を染め上げた。暗夜の空が白熱した。光源は柱のそばに現れた。真っ直ぐに伸びた姿勢。場を呑み込むような精彩を宿した美しい瞳。服は泥に塗れ皮膚は焼けているが尚以って侵す事のできない神秘性を孕んだ少女。
紗也。
『紗也……? 何故光っている、この熱量はどこからだ』
紗也は正面を指さした。次の瞬間、エリサを食おうとした管の先端が、爆発した。
紗也が、露出していた端子を射抜いたのだ。その身に纏う、電撃によって。
光り輝く紗也の体は雷を纏う。微笑みを浮かべた表情がその偶像感を際立たせる。
たじろぐ機械兵だがすぐさま殺気を取り戻すと短い排熱音と共に双眸を紗也に向けた。しかし少女は動じない。
「ジャギルス、もう良いよ。終わりにしよう」
優しい声だった。紗也の顔付きはおそろしいほど穏やかで、口元に微笑みをたたえている。まるで慈しむかのような眼が機械兵を見つめていた。
紗也は抑えている。爆発しそうな熱量を。
この感覚は空読に似ている。観測の結果が出る直前に紗也の胸から湧き出す兆候、あの熱感が膨らんで身体中に溢れている。極限まで抑えていないとこの部屋もろとも吹き飛ばしてしまうかもしれない。
紗也の体を光らせるのは首から下がった大きな装飾である。紗也の力の供給源を担っている。いや詳らかに言及するとその表現には語弊がある。鉄平が紗也に贈った巫女の装飾。それに斯様な
それは言わば力の鍵。記録媒体と言えば簡単か。紗也が持つ記憶を引き出し本来の力を発現させるための必要な「装置」。
『紗也、紗也。危ないことはよすんだ、僕と紗也の子どもがすぐ近くにいるんだよ』
「吾作はソヨカに一途だよ。その声は止めて」
空が唸りを上げる。自分の身体から漏れ出る電気が量を増す。
「ごめんなさい、ジャギルス。あなたは私に外の世界を見せてくれた、とっても嬉しかった」
機械柱を指差す。指先から放たれた電流が管の穿孔に到達すると原動機から火花が上がった。たちまち室内の電灯が消失するも紗也の光で明るいまま。
「だけど私の求める世界は、あなたの理想と違った」
すぐさま予備電源が稼働して室内は再点灯するがすかさず放電して破壊する。今度は掌から撃ったためその威力は拡大された。黒煙を上げた機械柱は停止した。これで機械の子どもは生まれない。身体に巻かれた包帯が電流によって焼き切られる。焦げ付いた衣裳の下の素肌が晒されていく。
鋼色の素肌が。
『不明なデバイス・紗也ノ信号ガ急速二上昇……紗也、やはりお前は……』
ジャギルスの声が引き攣る。エリサも驚きの光景でおぼろな意識が鮮明になる。
「紗也の両目が光ってる……? 彼女もまさか」
────機械兵?
紗也も、チゴ型アトルギアだったのか?
「違うぜ、エリサ、無機物野郎。紗也はお前らのような機械兵じゃない」
雨雲が包む夜の頂を明るく照らす。空読の記憶をなぞりながら紗也は光を放ち続ける。
時は満ちた。
紗也は朋然ノ巫女として周囲の者達を鎮めるように静かに笑った。
「
アンドロイド。またの名を代替する
だが製造技術を子々孫々伝えた一族も一握程度に残存していた。鉄平の氏族がそれである。両親が遺した設計図と生贄の歴史を変えた初代機械人・紗良の
それが、紗也。紗也は人間に代わる役割を与えられた機械の人間。生身の人間を護るために死の宿命を背負わされた
通常機械人と製造者は素性を明かさない。倫理的問題による迫害を避けるためだ。しかし製造者は人々を豊かにする使命の元で代替者を世に産み落とす。機械人は人間にできぬ技能……すなわち人間達の夢見た力「叡智」を多くが備えられている。
紗也にも叡智は備わっている。空読だ。
「天にまします空神よ、我を
巫女の詠唱を口にする。雨脚が強まり部屋に降り込む水量が俄然増すや、天空の雷音が高まりだした。紗也がそこに生じる雷電から静電気を吸収し体内で増幅させる。体が一層光り輝く。
『ありえない、自然に介入して天候を操作するなど聞いたことがない』
あまりの出来事に戸惑いを浮かべるジャギルスに紗也は穏やかな表情のまま言う。
「はい。すべては天の思し召すまま」
紗也はジャギルスに嘯いた。そう、紗也は天候操作に見せかけるだけ……介入などしていない。読んでいるだけだ。
風の強さ、空気の匂い、気圧、温度、鳥獣花草の有様等……天候に関するすべての情報を観測、集約。それらすべてを計算し、結論に沿って立ち回っている。
感じたままに動く、それだけに過ぎない。
機械の成長は試行回数が必要だ。紗也は天候観測術・空読で試行、失敗を重ねてきた。そして完全に体得するまで十二年の歳月を要した。これには先代機・紗良から受け継がれた
今の紗也は待っている。頭上に渦巻く雷雲が更に発達する時を。
おてんばな本性を偽って巫女に勤めた紗也の演技力はジャギルスさえも惑わした。
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