ログ:雷音の機械兵(13)

 ──それは後コンマ五秒早ければ為せたであろう事だった。ジャギルスの爪を機械柱に串刺して直剣の柄が揺れていた。モトリの首に至るまですんでの所だった。

『……どういうつもりだね』

 機械兵の首だけが振り向く。右手を失い致命傷を負ったはずの少女が立っていたのだ。

「人間の命……易々と奪わせない。モトリ、もう十分よ。ありがとう」

 頷いた老婆は倒れた山人達の方へ退避した。機械兵は思考のそぶりを見せる。剣を投擲したか、しかし高硬度の装甲を貫く膂力をあの手負いの小娘が持つはずがない。

『どうしてだ、君には致命傷を与えたはず、何故立っていられる』

「あぁ、根性よ」

 その傷口には漏電と火花が散っていた。

『なるほど、君も機械だったか。あの程度じゃ死ななくて当然だ』

「丈夫な体に感謝だわ。アトルギア・チゴ型のエリサよ、よろしく」

 機械兵に刺さった剣は抜き取られへし折られた。モトリを救った代わりにエリサは武器を失った。もう反撃はできない。

『ほう、チゴ型』

 機械兵が迫った。

『データにあるぞ、世界で百体のみ存在する人間のために戦う機械兵、チゴ型か。まさか本当に人間に擬態しているとは』

「語弊があるわ。私は人間のために戦わない。共に戦うのが人間なだけ」

『違いが分からないな』

「勉強不足ね」

『お前達は力不足だ』

 ならば躱すことに集中しろ。活路は探せばきっとある。奴を倒せずとも機械柱を壊せばあの恐ろしい計画は止められる。

 機械兵が爪を振り抜こうとした時、エリサは身を低くして床を滑った。天井の穴から降り込んだ雨溜まりを利用して、素早く移動する。鉄平が落とした大鋸があった。拾い上げて即座に頭上へ薙ぎ払う。追撃してきた機械兵の鉄爪がちょうど当たって弾けた。

(やはり、そうか……)

 知能が高いとは言え所詮は機械。攻撃に確かな型が存在する。エリサは推測する。新種の機械兵ジャギルス型。奴は優秀な殺戮兵器だ。生身の人間相手に苦戦した事がないのだろう。つまり単体の戦闘力が高過ぎるあまり戦法の工夫レパートリーが多くない。

(慣れてくれば必ず隙を見つけられる。そこが狙い目……)

 鉄平の得物はお世辞にも良質ではない。攻撃を受け過ぎるとたちまちなまくらと化すだろう。

(避けて、避けて……隙を伺う)

 機械兵の猛烈な攻撃が始まった。反撃をしない防戦ですらない一方的な攻勢をエリサは紙一重で躱し続ける。出力が低下した身体でもできうる限り負担を軽くする動き。模索しながら奴の動きを読む。頬を切られた。腿を許した。無数の切創がエリサの体に表出する。痛みと苦しみを堪えながら、一撃を放つ時機を窺う。左手が来たらしゃがんで頭上を薙いだら、次に来るのは……。

 ――読めた!

 次は右腕の斬り上げが来る。これまでその動作を四回繰り返した。四回避けて来た斬撃にエリサはそこで踏み込んだ。奴の右腕がエリサの右肩を斬りつける。だがそこに腕は無い。腕を失い空いたスペースが動作の最適化に役立った。奴を間合いに入れたエリサは腰を下ろして捻りを入れた。

 ――頸部の関節を切り離す。エリサの渾身の一刀はジャギルスの関節装甲を叩き割り首内部の信号組織を切断した。手応えあり。

「討伐ッ……!」

 薙ぎ払った得物の遠心力を利用し、その場で身を転ずると機械柱の方に踏み込んだ。呼気を送りながら、モトリが入れた管の亀裂に大鋸を振りかざす。

『哀れな人の奴僕め。倒せたと思ったか』

 ジャギルスの姿が再度現れた。そんな、中枢系は確かに今切断したはず。思考を巡らす暇も許さず猛烈な打撃を浴びせられ、エリサは壁に叩き付けられた。

『チゴ型か……人間を超えた人間として生まれた兵器。戦闘に関する分析力と適応力、身体能力は他のアトルギアと比肩ならない。流石だ、実に素晴らしい』

(……体内に予備信号線を配した個体か)

 中枢系を破損しても別の部位が代替して四肢に指令を送り出すことができる。主にアダルの上級種しか持たない構造をジャギルスは適用していた。チゴ型のエリサはそれを持たない。ゆえにダメージからの復帰が遅い。背を打ち付けた衝撃で思考がぼやけ、その眼に虚像が遊んでいる。エリサの行動は止まってしまった。歩み寄るジャギルスの口から管が伸びる。

『君とも生殖をしよう、エリサの持つチゴ型の情報が欲しい。そして生み出すのだ、最高の個体を』

 伸びたジャギルスの管がエリサの鼻先まで迫る。先端が十字に割れて中から球体の端子が露出する。エリサは泳ぐ眼で現状把握を試みるも、低速化した思考が情報に追いついてこない。エリサの能力を奪われては、奴を倒せる者など誰もいない。熱を帯びた機械の端子がエリサを見定め、咽喉に飛び込もうとした時だった。

「鉄平」

 雨音の中を声が通った。あどけなさに強さを含んだ凛とした音色が響く。それに呼応する声がした。傷だらけの鉄平が怒りの炎で身を律し雄々しく仁王立っていた。鉄平は呼吸する。砕けた肋骨あばらの激痛を満身で耐えながら肺胞を膨らます。今やらねば後が無い──エリサが稼いだ時間ですべての用意は整った。最後の望みに繋がった。あとは託すだけだ。

 ――お前に。

 鉄平は食いしばった歯を開け放ち、精一杯に声を張る。

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