ログ:雷音の機械兵(12)

 だが獲られていたのは、少女の腕だった。

 剣と腕が床に落ちる。

「ぎゃあああああああ!」

 断末魔が部屋中に響く。悶えるエリサを機械兵は蹴り飛ばし、高々と笑いをあげた。

『人間よ、何故謙虚にならない? お前達が夢見た平和な世界を僕達は成し遂げようとしているのだ。大人しく次の世代に世界を譲ったらどうなんだい』

 どこかで聞いたことある声……そうだ吾作だ。アオキ村の村人の声を機械兵は出している。紗也と繋がった時に記憶から情報を機械兵は抜き取ったのだ。

「エリー、エリー!」

 壁にぶつかり動かなくなったエリサを呼ぶが反応はない。そんな、エリーがやられるなんて。紗也を助けに来た人達が全員やられてしまった。自分を助けに来たせいで、皆が傷つき倒れていく。

 自分のせいだ、自分が生きているからだ。視界が滲んでいく。涙が出てきた。

「泣くな、紗也!」

 鉄平が怒鳴った。

「まだ終わっちゃいない。俺がいる」

 紗也を抱く腕をさらに強めた彼の鼓動は恐ろしいほど胸を叩いていた。そして鉄平は紗也の耳元で囁いた。

(…………!)

 鉄平が覚悟を決めた。最強の味方を失い、山人達の救援も望めない状況で、彼が頼める最後の希望。それは己の腕っ節だけだ。アオキ村の若き導師であり、村一番の力持ち。その裏に重ねた無限の努力。矜恃のみを杖に震える膝を叩き起こす。

 エリサの沈黙を確認した機械兵がゆっくりと鉄平に向き直る。

『残すは君と、紗也だけだ。見たまえ、マザーには僕と紗也の遺伝子情報を元にした子ども達が宿っている。まもなく僕以上の性能を持った機械兵が世界中に放たれるのだよ』

 紗也の記憶を抜き取ったとは言え人格は機械兵本来の個体差に依るものらしい。上から目線で物言う機械兵に鉄平の嫌悪は露骨になる。

「はん、何が僕と紗也の子どもだ! このドスケベ野郎! 吾作の声なんか使いやがって、お前らなんかにやられてたまるか」

『仮にも旧時代の支配者だったからね、君達人類は。まだまだ学びたい事が沢山あるのだよ』

「うるせえ人間をパクるしか能のねえ奴に滅ぼされてたまるか」

 人類の脅威を前にしても口の悪さは揺るがない。

『パクリじゃない、踏み台だ』

 淡々とした言い方をしながらも機械兵の殺気が高まってゆくのを感じた。

「紗也、下がってろ!」

 鉄平に突き飛ばされた。機械兵が間を詰めてくる前に鉄平は横に転がり落ちていた大鋸を拾い上げた。

「村の仇ッ!」

 振り下ろす刃は機械兵に当たらない。機械兵は鉄平の攻撃を笑いながら避けている。

『なんて非効率的なんだ人間は! その行動原理は憎しみとかいうやつか? 面白い、感情とは面白いぞ!』

「うるせえ! 現実と戦ってる奴を笑うんじゃねえ!」

『その言い回し、我々には無い表現だ。学ばせてもらうよ。そら……死にたまえ」

 鉄平の腹を機械兵が一撃入れた。だが鉄平はその場に踏みとどまった。裂けたシャツの腹部から鉄板が数枚落ちていく。

『ほう、アダル達の装甲かね。こんな物で守った所で無事で済むはずないのだが、よくぞ立っていられたね」

「あぁ、根性だ」

 道すがら機械の死体から剥ぎ取った装甲の一部を仕込んでいた。しかしそれすらジャギルスの攻撃は容易く引き裂いてしまう。鉄平の腹膜はあと一枚鉄板が足りなければ破られていただろう。しかし衝撃は板を貫通していた。不敵な笑みを見せた鉄平だったが、口から胃液を吐きくずおれた。外傷は無いが肋骨が砕けている。鉄板一枚の差で鉄平は即死を免れた。ではなぜ機械兵がその「一歩」の踏み込みをぬかったのか。

 視界の隅に異変を見たからだ。

『何をしている……そこのお前』

 機械柱にとりすがる一人の人間。

「とんでもねぇ、私ァ、大そうな事はしませんえ」

 腰の曲がった老婆──モトリがいつの間にか部屋に忍び込んでいた。狩猟民族の出身であるモトリは気配を消す技術に長けていただけでなく、老いた身体の低い体温が機械兵の感知を遅らせていた。

 ──隙を伺い、中央の柱を破壊して。

 エリサが山人と合流した際、小柄のモトリにそう指示していた。

 全員必死の作戦ゆえ誰かが母体を破壊できれば、奴の討伐または紗也の奪還に失敗したとしても、機械兵の進軍を喰い止められる。エリサなりの傭兵の矜恃のつもりだった。ところが、他所の人間がどうなろうと知った事ではない……老婆はそう思っている。しかしモトリには譲れぬ意思があった。

「こんな容貌のあたしでも、長年見てくりゃ情が移るわえ」

 ジプスが山に入る前。その昔、モトリは山人として狩りを生業にしていた。怪我によって山人を退き、その後の暮らしは孤独な隠棲生活を選んだ。醜い容貌を疎まれたか、はたまた役に立てぬ負い目からか周囲との関わりを絶ちコミュニティを抜けたのだ。

 誰にも迷惑をかけぬよう。モトリは一人で静かに年老い続けた。しかしジプスの出現がモトリの人生を動かした。奇縁によって鉄平と紗也の成長を見守る立場になった。生来心根の優しかった彼女は心を尽くし、彼らがすくすく育つ様を甲斐甲斐しく手助けした。

 人の役に立てている、その実感が孤独な老婆を生かしていた。だからモトリにとって、二人はかけがえの無い存在。肉親のように愛しい子ども達が命懸けで事を起こす。それを見捨てる訳にはいかない。

「子ども達のこれからを、あんた方にらせはせんえ」

 モトリは手に持つなたで機械柱を通う管に一太刀を入れた。管は表層が割れたのみで切断には至らなかった。

「ならば、もう一太刀」――老いた身体は遠路を駆けて悲鳴を上げていた。だが歯を食いしばり刃を掲げる。

『人間が、調子に乗るな』――瞬間移動。モトリにはそう見えただろう。悲鳴を上げる事すらできない老婆の首を悪魔の凶爪が刎ね飛ばす──

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