ログ:雷音の機械兵(11)

 目を覚ますと鉄平がいた。何か喋っているようだが内容まで聞こえない。だけど彼の穏やかな表情は紗也の心を落ち着かせた。腰を下ろした鉄平に肩を抱かれているようだ。

「……そんな顔するんだね、鉄平も……」

「紗也、すまなかった……」

 鉄平の下げようとした頭を手で押さえる。ぺちりと額の鳴る音がした。

「違うの鉄平。鉄平は何も間違ってなんかいなかった。私は私の、鉄平は鉄平の役目があったんだ」

 手を離してゆっくりと言葉を紡ぐ。役目。その言葉が胸に刺さる感覚を紗也は理解しながら言う。過去から続いてきた今ある繋がりに対する感謝。自分が見てきた村の民の暮らしぶり。平和を信じていた温かい日々。生きる事に限りを持たされた紗也だから感じられた、世界の平凡な美しさを素直な言葉で伝えていく。

「なのに」

 途中で涙が遮った。

「ごめんなさい……村を守れなかった。巫女の役目を果たせなかった。村の皆に貰った幸せを何一つ、返す事ができなかった」

 ごめんなさい。ごめんなさい。私はバカ紗也だから。役に立たなくてごめんなさい。繰り返し何度も泣きじゃくっては詫び続ける。迎えに来てくれた大切な人を傷付け、手に掛けようとした恐怖と後悔が紗也の胸を苛ませる。

「ごめんなさい、私のせいで、ごめんなさ」──口を何かに塞がれた。布? 鉄平の匂いがする。これは……。紗也は鉄平に抱きしめられていた。大きな胸と太い腕に体中を包まれる。ぎちぎちと体が鳴りそうなほど力強く苦しいまでに。

「紗也は、誰よりも広く温かい懐でジプスの悲しみを受け止めてきた。代償として深い孤独を背負いながら、村を明るく照らしていた。誰もが紗也、お前に感謝している。そして……俺もだ」

 鉄平の手が紗也の頭を撫でる。

「生まれてきてくれてありがとう、紗也」

 紗也は鉄平も両親がいない事を知っている。指導者である彼の境遇を慮る者はほとんどいない。深い悲しみを秘めているのは鉄平も同じの筈なのにどうしてそこまで優しくできるの。温かい彼の胸の中で紗也はしばらく泣き続けた。

 心臓の音が聞こえる……鉄平は生きているんだね。紗也の額に一粒の滴が落ちた。鉄平が頭上で泣いていた。頬を伝うその涙を紗也は拭ってやると彼は穏やかに微笑んだ。

 もう寒くない、紗也は欠落していた胸の何かが満たされていくような気がした。

「二人とも、良い所を邪魔してすまないが、もう限界だ! 退却しよう!」

 エリサが苦渋の声を響かせた。機械兵を抑え込んでいた山人達も身体を震わせながら必死に状況を維持している。十五分は支えていた彼らの限界はすでに近い。

「少年よ、よくぞ紗也様をお救い下さったァ! お見事じゃあ!」

「だがワシらもよく戦ったァ! つまり、そろそろキツイィッ!」

「塔の下で同朋達がまだ戦っとる! さっさとずらかろうぞォ!」

 鉄平が紗也を抱き上げて立ちあがる。

「山人達……ありがとう! アオキ勢、退却だ!」

 鉄平は高々と言い放った。



 だが地獄は始まってすらいなかった。



『マザーニデータノ転送ガ完了シマシタ。出力ヲ100%ニ戻シマス』



「……え?」――その瞬間、人間達が弾けた。

 鉄平の唖然とする顔。機械兵に覆いかぶさっていた山人が八方に吹き飛ばされる。叩き付けられ壁の方々から呻き声。押し潰されていた機械兵がゆっくりと立ち上がる。

 両眼を、赤色に光らせた。

『時間を取らせた』

 紗也を抱く腕が一瞬にして粟立った。機械兵の言葉が、肉声に近づいている。

「皆離れて、私が斬る!」

 剣先を煌めかせエリサが斬り込んだ。

『何処へ行くと言うんだい』

 電光石火の剣技だった。それを機械兵はいともたやすく躱してしまい、鉄爪でエリサの胸部を撫で斬りにした。

 エリサは喘ぐが間一髪で急所を外した。後方へ受け身をとり、即座に腰から銃を抜く。

『赤子の玩具かね、そいつは』

 瞬き一つしていない。機械兵が、いつの間にかエリサとの距離を詰めていた。そしてエリサが引き金を引いたはずの銃身は握り潰されていた。弾は掠ってすらいない。

「速いのね」

 エリサが至近距離を斬り上げる。予備動作ゼロの逆袈裟に跳ね上げた剣身は、奴の左腕を見事に獲った。紗也の目にはそう見えた。

『時間は有効に使いたまえ』

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