ログ:雷音の機械兵(10)
次の瞬間、首に何かを取り付けられた。すぐさま外そうとするが全然取れない。
これは……何だ? 手触りをたしかめ感触を調べ、そして気づく。まさかこれは……。
鉄平が歯をちらつかせる。
「朋然ノ巫女様、お気をたしかに」
紗也が村で付けていた首飾りだ。紗也は空読の後、必ず鉄平から受け取り肌身離さず提げていた。自死する前日、鉄平から褒められた後すぐに付けて、そして返した。ここに持ってきていたのか。
「もう何も背負わなくていい」
巫女の首飾り……村にいた頃、紗也が紗也であるために欠かさず胸元に提げていた、自分の一部だ。
「う、うあ……」
だが、なんだ、これまでの感覚と様子が違う。すっと背筋が伸びるような簡単なものではない。
首が、熱い。違う、首飾りが、光っている。
「なに、これ……」
「悪く思うな、紗也」
首飾りの装飾を鉄平は一欠片もぎ取った。すると首が更に熱を高めて電気を帯び出した。
頭が痛い。
自分の中に異物が入り込んでくる。頭から胸を通って腹部まで、体中のありとあらゆる所で得体のしれない存在が暴れまわっている。
これは、自分か?
いや、こっちが自分だ。
何を言ってる、こっちが自分だ。
違う、本物はこっち。
分からない、どれが自分だ?
胸が痛い……何が正しいの?
人間を殺せ。
お願い。
皆を守って。
助けて。
すべてが敵だ。
苦しい。
助け合おう。
痛いよ。
滅ぼせ。
守れ。
殺せ。
祈れ。
壊せ。
繋げ。
憎め。
愛せ。
「うあ……うわ、うわぁぁああああああーーー!!」
激痛が全身を駆け巡る。あまりの痛みに紗也はのたうち回る。自分ではない何かが自分ではない何かと戦っている。
何かが消えていく……。
何かが入ってくる……。
イヤダ、キエタクナイ……。
戦え。守れ。願え。語れ。進め。歩め。想え。慕え。満せ。望め。生きろ。
(代われ)
薄れゆく意識の中、紗良の顔が見えた気がした。
「鉄平―――――――!!」
そして紗也の視界は暗転した。
何も見えない暗黒が紗也を包んだ。耳には何も聞こえない。吐いた息が空気を擦る音だけがして、吸った空気が浅い所までしか回らない。
顔にやった手が酷く震えている。指先は冷たい。まるで何かに脅えているようだ。私は何が不安なんだと分かれば良いのか判別がつかない。分からない、それが怖い。意味も分からず震える指先。段々と寒さを感じてきた。寒い、身体が寒い。冷えていく。身体が段々、冷えていく。冷たくなっていく指先、身体、それはまるで自分の命が消えていく様を感じるよう。
嫌だ消えたくない。消えたくないよ。震える身体で、闇の中を必死にもがく。私の命は、どこだ? 無音の虚無に溺れながら紗也は問う。冷えたカラダはどこに命を求めるべきかを。耐えがたい孤独と恐怖が押し潰そうとしている。誰か、誰かいないの。叫ぶ。
お父さん、お母さん……呼べるはずもない。この世に紗也の肉親は一人もいない。
紗也は天涯孤独の少女として生まれた。唯一姉と呼べる紗良は、紗也が生まれた時にはすでに死んでいた。紗也は姉が残した世界の記憶と、朋然ノ巫女の役目──ジプスの民を治める術を形見に学び続けた。その傍らにはいつも一人の少年がいた。名は鉄平。白皙の細面をした利発そうな少年だった。彼は紗也が学ぶことを甲斐甲斐しく世話してくれた。紗也が役目を励む姿に感化されたか少年は体を鍛え始め、やがて逞しい青年に成長した。
いつしか紗也は鉄平を兄のように慕っていた。
いつの日だったか鉄平は紗也に首飾りを贈った。彼が調べて作ったという先代巫女の紗良と同じ形の装飾を。紗也は鉄平にこの上のない感謝をした。自分にとって唯一の寄る辺を与えてくれた彼に紗也はこの時並ならない感覚を抱いた。その名前は分からなかった。
しかし嬉しかった。姉の面影を感じる品。最高司祭者として相応しい大きく豪奢な首飾り。紗良の記憶と紗也の想いはすべてこれに刻まれている。村の民が与えてくれた幸せな時間さえも。
(そっか、私は幸せだったんだなぁ)
紗也に血の繋がりがある人はいない。その代わり血よりも濃い繋がりを持つ人が、いつだってそばに居た。その名前は鉄平。
暗闇に彷徨う紗也の前を一筋の光が走った。
そうだ……首飾りだ。
紗也は首から下がる大きな装飾を胸いっぱいに抱いた。
終わらせない。まだ終わらせたくない。私を一人にしないで。ほのかな光が首飾りを包みだし、闇が徐々に薄れていく。気を抜けばすぐに闇がまた迫ってきた。紗也は足掻いた。声にならない声で力いっぱいに叫んだ。
私は――まだ生きたい!
首飾りが七色に輝きだし漆黒の闇を払っていく。辺りは光に包まれ──遠く光の中に誰かの影が見えた。その方に向けて必死で手を伸ばす…………。
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