ログ:雷音の機械兵(16)

 機械人も機械兵エリサ同様、胸には心臓コアが埋まってるはず。

 なのに二本の足で立っていた。

「予備、信号線……」

 紗也もジャギルスと同じく中枢とは別系統で命を取り留めているのだ。

「ジャギルス……分かって欲しかったよ」

 紗也はひどく悲しげな声で話しかける。その身から放たれる電撃はもはや拘束目的の威力ではない。

『紗……也、僕も、だ……だだだダダダダダダ!』

 高圧電流を受けながらも機械兵は笑いを上げた。

「何を笑っている!」

 エリサに起こされながら鉄平が怒鳴る。

『マザー壊れても僕が直接、周イイイイの機械兵エエエエエにデデデデデータ、をオオオオキキキョキョウ有してやヤヤヤる、残ンンン念だっタタタたな』

 機械兵は両腕を広げた。今ここで自分が破壊されてもデータを受け取った別個体が次世代機を生み出すと言うのか。

「そんなこと、私が、させない……!」

 紗也は更に出力を上げた。機械兵が悲鳴を上げる。

「紗也、よせ! お前の体じゃもたない!」

「う、くぁ……っ! 私が皆を、鉄平を守るんだ。私は村を護る者……朋然ノ巫女、紗也なんだぁあ!」

 紗也が激しく雷光を発する。鉄平とエリサは衝撃波で吹き飛ばされそうになる。紗也は自らの放つエネルギー量に自我耐久度が飽和して意識を失いかけていた。しかし奴が壊れるより先に自分が倒れるわけにはいかない。

 貫かれた胸の穴から自分の体内に電流が入り込む。記憶を司る情報が焼き切れていくのを感じた。今までの記憶が焼けていく。紗也の体内から自我データが消失していく。アオキ村で生まれた記憶、地下室で初めて見た鉄平の顔、紗也を世話した老婆の名前、村の作物、空の色、人々の声、自分の役目の呼び方、いつも一緒にいてくれた少年の名前、自分の名前……消える、消えていく。

 美しいと思えた何かが、じょじょに、うしなわれ、てい、く。

『ガガガマ、マダ……終わらせないぞゾゾゾ、紗也……紗也ァアアア!』

 なんとジャギルスが動きはじめた。電熱で身体の関節があらぬ方向に曲がりつつも、紗也に止めを刺すつもりか、ぎこちない動作で腕を振り上げる。

「動け、動け……動けぇえっ!」──エリサが大鋸を手に割って入った。

 この可能性を無駄にはしない。機械柱は破壊され、最強のジャギルスも紗也によって討伐されかけている。今ここで奴の計画を止めなければ、人類の明日は闇のままだ。

 最優先事項は、紗也の援護だ。

 鉄爪を受け止めたエリサは辺りを探す。

「鉄平、私の剣を投げてよこして!」

 エリサが叫ぶ。鉄平は落ちていたエリサの折れた直剣をすぐさま見つけ、躊躇いなく彼女に投げた。弧を描いて飛んでくる刃の柄をエリサは噛みつくように受け取った。間断なく気を集中させる。残存燃料で出力を上げられるのは一箇所だけ。

 一か八か、やるしかない。

「むぉぉああああーー!!」

 左腕の力を捨て首に全出力を集中させるとジャギルスの懐に飛び込んだ。折れた剣が機械兵の脇腹に突き刺さる。剣を伝って紗也の電撃が奴の更に奥まで流れ込む。暴れる機械兵の爪を躱して左手の大鋸で紗也を守る。格段に動きの速度が落ちた。目で追える。行ける。行ける。最強の機械兵を倒せる。何としてでも奴を倒す。手段は選ばない。

「紗也、聞こえる! 出力を上げて! 私ごと撃ちなさい!」

 だが、紗也から返事がなかった。

「紗也……? 紗也ァアアッ! 駄目だエリサ! 紗也の奴、意識がなくなってる! 気絶したまま放電してるんだ!」

「なんだって」

 鉄平の叫びに愕然とする。

「奴を倒しきるにはもう一押しいる、私の腕はいつ千切れてもおかしくない!」

 エリサは叫び、大鋸を振り続ける。機械兵も狂ったように喚き鉄爪で殺しに掛かる。紗也の雷電が散り乱れる。

 この場は、機械同士の殺し合い。

(……殺し合い?)

 エリサは思考が跳躍して、今の時間が意味するものを問い始める。

(私たちは、どうして戦っているの?)

 命も無いのに、殺し合っている。

 それは生き残るためだろう。

 けれど……在りもしない自分の命を守るのは何故だ?

 生きている意味さえ定かでない自分に存在価値はあるのだろうか。

 その問いには、いつもこう答えてきた。

 生きる事が、私の目的だ。

 では何故、自分をいつも危険に晒す?

 問わないでいようと押し込めてきた根本的な問いかけが、今、エリサの肌から噴き出るように浮上した。

 ……たった今、その答えが見えたのだから。

 ああ、そうか、これは……私達の淘汰競争だ。

 高度知的無機生命体として、優秀な個体を後世に残すため。

 地上の全生物に共通する本能。これが自分のカラダにも備わっているのではないか。

 私は、命を持っている。生き残る為に。

 ……不思議と心が沸いていた。

 本能が脈動する。限界を超えた境地に至り、エリサの体内では駆動機関がオーバーヒートを始めていた。

 戦うために生まれた存在、機械兵のサガが目覚め始めていたのだ。

「あは、あはは……っ、楽しい……楽しい……」

 体温が急上昇する。刃を振るう腕に巡ったエネルギーが加速する。

 エリサは壊れかけた体を躍らせて、自分に何度も言い聞かせる。

 今までの生涯で、最も強い言葉を使って。

「私は生き残るのよ……! 最期を迎えるその時まで……! ……生きろッ、絶望の果てで傷を負ってもッ、最期までッ!」

 腕が千切れかけている。心臓が全出力を上げている。感情がこぼれ出している。過熱のあまり理性が飛びかけている。エリサは笑った。

「楽しい楽しい楽しい楽しい! ……最高に楽しい! ねぇ、一番強いのが誰なのか決めようよ! チゴ、アンドロイド、ジャギルス、最強の機械の名前を今、ここで、私は知りたい!」

「代わりなさえ」

 蹴り飛ばされた。

 突然の事だった。

 ……人間?

 そう認識したのは転がり伏して老婆を見上げてからだ。鉈を両手に構えて機械兵の爪を受け止めている。

「モトリ!」

「鉄平、お前さんは皆を連れて逃げえ」

 老婆は視線を機械兵に向けたまま言う。

「何を言ってんだ! お前達を置いて行けるはずがないだろう!」

「バカ鉄平! 人の気持ちをちょっとは汲んだれ、青二才の頑固坊主!」

 明瞭な喝破だった。鉄平は吃驚した。モトリが初めて怒鳴る姿を見たからだ。

 モトリは紗也の魂の叫びを聞いていた。そして腹が決まっていた。巫女様の語ったその覚悟、侍女が供をせずしてなんとする。紗也は機械だったなど、どうでも良い。老婆の生に希望をくれた者を見捨てるなんて出来やしない。紗也は確かに、モトリの家族だったのだ。

あたしは塔に来る途中で古傷が開いてる、どっちみち帰り道じゃ助からん。だから紗也と一緒に逝きやすえ」

 モトリがしゃがれた声で山人を呼んだ。彼らは繰り返される紗也の電光と衝撃で目を覚ましていたらしい。

「あんた達、鉄平と青い髪の嬢ちゃんはあたしの命の続きだえ、生きてジプスの元に返しとくれえ!」

「がってんだ! モトリの姉御!」

 山人達は力強く返事してエリサと鉄平を抱え上げた。だが二人は山人に抵抗する。

「降ろしてくれ! 紗也、モトリ、戻れ! 戻って来い!」

「御二方の覚悟を思え、少年!」

「俺はジプスの導師だ! 二人を守る務めが──」

「二人が残るのは、お前を守るためだ!」

 鉄平が絶句する。機械兵の攻撃を鉈一本で受け続ける年老いた山人はその背で彼に別れを告げていた。機械兵は思考機関が焼き切れたのか壊れたレコードのように笑い声を上げ続けている。

「私がっ、私が機械兵の腕を切断する、その隙にせめてモトリを──」

「無茶だ、嬢ちゃんの体は今にも壊れかけとる!」

 喧騒が雷音に入り混じる。絶叫と怒号が綯交ないまぜになり感情の混沌が渦巻きだした。

「おやめなさい」

 紗也がしゃべった。

 予備信号線が復旧したらしい。

「紗也……?」

 一同が黙る中で紗也は空を見上げた。

 天井に穴が開いている。そこから水がいっぱい落ちている。横を見る。

(えぇと……だれだっけ)

 なまえをしらないおとこのひとをみて、にっこりした。

 さっき、いおうとしたことがあった。

 いみはわからなくなったけど、いう。

「おいきなさい」

「紗也……!」

「おいきなさい、おいきなさい、おいきなさいおいきなさいおいきなさいおいきなさい」

 いう。

 いう。

 いみはわからないけど、とにかく、いう。

「ダメだ、紗也、モトリ、今助ける!」

「待て、エリサ」

「鉄平っ!」

「……紗也、モトリ! お前達はジプスの守護神として未来永劫まで語り継ぐ! 二人のことは、絶対に忘れない!」

 おとこのひと。なんだか、かなしそう。

 りゆう、わからない。

「おいきなさいおいきなさいおいきなさいおいきなさいおいきなさいおいきなさい」

 けど、こういうように、めいれい、されている。

 だから、いう。

 おとこのひと、はしる。

 おとこのひと、とまる。こちら、みる。

 おとこのひと、わらう。

「……また会おう」

 おとこのひと、うしろのほう、いく。

「鉄平」

 くち、かってに、うごいた。

 こえ、もうでない。

 くち、うごく。

「だいすき」

 みんな、いなくなった。

「紗也様、モトリはお側におりますえ」

 おばあさん、いた。

 あたたかい。

「さあ、おつとめの時間ですよ」

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