ログ:雷音の機械兵(8)

 目配せ。ジャギルスの腕から鋭い鉄爪が生え出てくる。

 鉄平は抵抗する気も失せたように何も言わず目を閉じた。

 その姿に、紗也の怒りはますます高まる。

 言いたい事だけ言えば終わりか。都合の良いやつめ。その私に殺されるのなら本望だとでも言いたげな顔が癪に触る。抵抗しろ。怒れ。喚け。私に怒りの殺意を向けろ。私を破壊しに来い。

 私を愛した鉄平は、強かったはずだ──と考えた紗也の心理を遮るように機械兵の声が流れた。

『心など持つから争いは絶えぬ』

 そうだ。

 感情、本能、欲求。

 世界にひしめく生命体はそれらを元に競争を生む。やがてそれは火種から大きな炎を巻き起こす。戦火を留めるため、心を捨てよう。

「私に生まれた意味はなかった。最初からね」

 ――さようなら。

 彼の頭上に殺意を落とす。

 ――鉄平。

「意味を求めるべきは、生まれた事じゃなく」

 その時女の声がして、金属音が鳴った。

「生きていく事に求めるべきだと、私は思うが」

 芯の通った澄んだ言葉に青い髪が風でなびく。

 鉄平の頭上を守るように、蒼髪の少女が直剣でジャギルスの爪を防いでいた。

 青い瞳がこちらを捉える。

「紗也、また会えて嬉しいわ」

「エリー、どうしてここに」

 エリサは鉄爪をあしらって、すかさず横たわる鉄平の身を抱え上げると「重量オーバーだ、自分で動いて」ともう一度寝かせた。

「あなたを機械の魔の手から救い出しに、皆で来た」

 物々しい足音が部屋の外から迫ってくる。やがて半開きだった扉を突き破って入って来たのは、筋骨隆々の男達だった。

「紗也様ァ! お助けに参りましたぞォ!」

「機械兵なぞワシらの敵じゃなかですけ! ご安心下されぃ!」

「紗也様へのご恩、今こそ報いる時じゃあ!」

 雄たけびを上げる豪傑達の暑苦しさ。夜雨で冷えた部屋の気温があっという間に上昇した気がする。

 紗也には見覚えがある顔触れだった。

「あれは山人達、彼らまで来たっていうの!」

「あなたが蒔いた種でしょう、紗也」

 彼らの手には機械兵の物だったと思われる装甲や刃物が身につけられている。まさか山奥での暮らしを誇りとしている彼らが機械と戦うためにアオキの山から下りて来たのか。

 驚愕の紗也を尻目に山人達が機械兵に挑みかかる。屈強な山の戦士達の猛攻にジャギルスの手を焼かせる隙に、エリサが鉄平を安全圏に連れ出した。

「エリサ、無事だったのか……」

「無事じゃない、死にかけた。彼らの合流が間に合ってよかった」

 エリサの身体もひどく傷つき装備はあちこちが損傷している。だが彼女を見て鉄平が露骨に安堵の表情を浮かべた。

 紗也が奥歯を噛み締める。何を浮かれた顔してるの、鉄平。そんなに嬉しい事があったの。信じられない。何もかも信じられない。どうして、どうしてどうしてどうして。

「どうして皆、邪魔をするの!」

 その叫び声に鉄平が歯を見せ返した。

「皆が紗也を大好きだからだ!」

 分からない、何もかも分からない。

 紗也は当惑している。彼らの感情的な言葉の数々にではない。鉄平、山人、エリサ。よく見知る顔ぶれが目の前にいる事にだ。この塔の下には無数の機械兵がいたはずなのにどうやって辿り着いた。いや……戦って来たのだ。証拠に無傷な者は誰もいない。全員が手負いの体で戦っている。何のために。

 紗也のために?

 機械兵は歴史上長らくに渡り人の暮らしを脅かし栄えある文明を打擲してきた。地上の誰もが機械兵に対して恐怖を知る。ただの民が立ち向かえる相手ではない。だが彼らは現にジャギルスを肉薄して立ち回りを演じている。紗也を救い出す。その言葉を叫んで。

 紗也は頭を抱えている。

 私は、彼らに助けられようとしている?

 私は、彼らのために死ぬはずなのでは?

 だけど私の命を奪うために彼らは命懸けで殺人兵器と戦ってるというの? そんな理屈が通るのか。いや……違う。これだけの判断材料ではどこかに矛盾がある。だけど矛盾を生じさせる違和感の正体が掴めない。彼らは何を求めて戦うのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る