ログ:雷音の機械兵(7)

 長い腕は大きくしなり風を切って少年の身体を弾き飛ばした。

「ぐぁっ!」

 何度も床を転がり壁に叩き付けられた鉄平。しかし手加減はさせたからまだ意識はあるようだ。

「紗也、どうしたんだよ、俺はお前を助けに……」

「喋らないで!」

 再び立ち上がろうとする鉄平をジャギルスが急接近して弾き飛ばした。壁に張られた窓の透明板にひびが走る。

 さすがジャギルス。私の思考と行動を同期リンクさせられる。

 紗也はジャギルスと「契り」を交わした。契り……それは精神的な繋がりを持つということ。互いが密接に触れ合うことで考えと行動が一致しやすくなる。この機械兵は、紗也の言った通りに動く。紗也は機械兵の考えを肯定したのだ。

「紗也……何があった……? そいつに何かされ」

「しつこい」

 ジャギルスが鉄平の首を掴み上げた。鉄平が苦しそうにうめき声を漏らす。

「紗……也……」

「私の命をあなた達なんかに渡さない。私の生き方は誰にも縛らせやしない!」

 紗也は自我に目覚めた。求めてきた広い世界を提示した機械兵は優しく傷ついた幼い少女の心に思考を浸透させた。育ての兄である彼を前にしても自分を殺そうとしていた事実が紗也から情けを奪っていた。

 鉄平が更に声を上げた。鉄の爪が彼の首に食い込んでいる。紗也は怒りに震えていた。私は誰の所有物でもない。私は生きている。

「正気に戻れ、さ、や」

「私に指図するなぁっ!」

 紗也は叫んだ。鉄平がその場から消える。次の瞬間、反対側の壁に鉄平が激突していた。衝撃で天井の一部が崩れ落ち雨が降り込む。

 紗也は肩で息をしている。ここまで叫んだのは生まれて初めてだった。何かに怒りを持ったことも、生涯で一度も無かった。

 怒り。

 初めて覚えた感情に自身でも戸惑いを覚えつつ乱れた呼吸に眉をしかめる。だが息苦しさよりも優っているのは圧倒的な解放感。自分を縛り付けていたすべてに反逆する。そしてまだ見ぬ広い世界のため、今こそ古い殻は破り捨てられる時が来たのだ。

「ジャギルス」

『紗也トノ接続ヲ再開シマス』

 機械兵との契りを再開する。新しい世界をもっと知りたい。まだ見ぬ自分をもっと深く感じたい。機械の口から注入される不思議な感覚を受け入れる。過去の記憶がジャギルスに届き、新たな感情が紗也の中に入る。感情のピストンを感じながら、視線は部屋の中央へ。機械柱が稼働している。あの柱には新しい命が宿っていると。もう間もなく新たな生命が誕生するのだと、ジャギルスから流入する感覚から教えられた。

「ふふ、うふふ。新時代が始まるのね」

 笑いがこぼれる。機械柱に宿るのは、人と機械の記憶を持った未知なる新たな機械兵。

 紗也とジャギルスの子どもである。

 その時、部屋の隅で蠕動する音がした。

「さ……や……」

 なんだ、まだ生きていたのか。

 人間ぶぜいが。

「おれが間違っていた……紗也、おまえは自由だ……俺達がしてきたこと、すべて謝る……だから止めてくれ、こんなことは」

 いまさら何を言う。

 人間達がいかに後悔しようと過去は取り戻せない。私の命を奪い、自分達が栄えようとした事実は変えられない。

 赦しを乞いたい? 虚言ばかを抜かせ。這い蹲る鉄平を見下ろしながら機械兵と繋がり続ける紗也。度重なる殴打と激突。即死はさせまいと加減したが彼はもう声を発するだけで必死だろう。

「……そうだよな、今更お前の耳には何も届かねえだろう……さや、お前は何も悪くないから疑心暗鬼になるのも当然だろう」

 それなのによく喋る男だ。

「だけど信じて欲しい事がある。真実がこの世界に一つだけあるとしたら……」

 適当に聞き流す。

「どんな時も、どんな姿になっていても……俺は、お前を愛している」

 ――ジャギルス、いったん止めて。

 機械の管を口から抜き鉄平の前まで自分をジャギルスに運ばせた。消えかけの電影のように彼の瞳は弱っている。自身を見上げる鉄平に紗也は吐き捨てた。

「それが私の生まれた意味に関係ある?」

 愛している? どの口が言えた言葉だ。その身勝手な考えが、感情が、一人の命の行く末を決めつけて良いというのか。私は死ぬために生まれた存在? 違う。

 二度と私に関わらないで欲しい。いや……この世界から消えて欲しい。

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