ログ:雷音の機械兵(5)
◇◇◇
雷に打たれた時、意識が戻った。
御倶離毘の御柱からその時見えた皆の幸せそうな顔に自分まで嬉しくなった。
(よかった、私の命に意味はあった)
その直後、再び眠りについた。
『不明ナデバイスノ反応ヲ継続シテ確認。行為ヲ続行シマス』
瞼を上げると見た事のない場所だった。
冷たい指先が頬に触れる。思わずぴくりと反応した。指先をたどると金属製の腕がすうっと伸びて、自分の顔が反射して写っている。焦点を広げる。平たい頭の鉄人形が、自分の事を見つめていた。
「あなたは誰……?」
喋りかけると彼は緑色の両目を光らせた。
『対象ニコミュニケーションノ意思ヲ認定。言語ニヨル意思ノ疎通ヲ試行シマス』
「わ、なになに!?」
彼は両目を点滅させた。
『僕ハ機械兵デス。名前ハ、ジャギルス、デス。コンニチハ』
「こ、こんにちは……私は、紗也です……?」
〈機械兵〉。その単語に悲鳴を上げそうになるのを必死でこらえた。見上げてもなお余りある巨体にたじろぎながら返事をする。紗也は何故こんな所に自分がいるのかさっぱり分からない。目が覚めたらここに居た。たくさんの機械が並べられている大きな部屋……館の広間の倍はある。窓がある。透明な板がはめられていて、景色が見える。雨の中、広大な景色に光る建物が散らばっていて、すごく明るい。高さもすごく高いところにいるようだ。空見櫓の比ではない。見た事ない部屋、見た事ない景色、アオキ村と違う場所……。
――ここって、まさか。
「外の世界!」
その場から飛び起きて窓辺に行こうとしたが、たちまち転ぶ。
「いったぁい!」
なんで転んだの? 足元に目をやると、膝から下が包帯でぐるぐる巻きにされている。というか全身が包帯だらけにされている。
『アナタハ全身ニ酷イ怪我ヲシテイタ。僕ハアナタニ手当テヲシタ』
「て、手当て? あなたが?」
『僕ハアナタニ手当テヲシタ』
紗也は自分の身体に巻かれたものを凝視した。手、足、胴にまで。意外と丁寧にされている。
「あ、ありがとう……?」
機械兵にお礼を言うのもおかしな話だが、紗也は他にするべきことが思いつかない。なにより怪我の痛みがないというのは、彼の手当てが良かったからだと思えるところだ。
「あなたがここに連れて来てくれたの?」
『ハイ。僕ガアナタヲ連レテキマシタ』
機械兵は頭を上下させた。ハッとして紗也は身体を前のめらせる。
「アオキ村の皆は?」
『アオキ村、僕ハソノ情報ヲ持ッテイマセン』
「私がいた村だよ、たくさん人がいたと思うの」
『登録サレテイナイ地名デス。情報ノ保存ヲ推奨シマスカ?』
「うん、してして。私はアオキ村に帰らなきゃいけないの」
『理由ヲ問イマス』
「私、死に損なっちゃったから」
機械兵が首をかしげる。
――そうだ、あの時。
紗也は鉄平に儀式の日を早めて欲しいと頼んだ。そして彼の前で自らの左手に杭を打ち込んだ。狼狽える彼に紗也は強く訴えた。
『皆を連れて早く出て』
随分前の話だ。
機械兵が近づいている。モトリの報せで紗也は知った。それを鉄平には伝えなかった。
彼は人一倍の強い感情を持っていて村の統治に努力を惜しまない。けれどその実、本物の機械兵を前にしたことがなく、もしもの時、冷静で正しい対処を図れるのか、一抹の不安があった。いかに自然に村の皆を外へ逃がすか。モトリと二人だけで事を進めていた。
先代巫女、紗良の記憶をもとにして。
そんな折、エリサ達がやって来たのだった。腕が立ちそうな二人はアオキ村に置いていて損はない。ただ彼らはよく話をしてくれた。彼らが魅せる外の世界はあまりにも輝いていた。村のため長居させようと武勇伝を語らせるうち秘めていた憧れへの抑えが弱まってしまった。
『まもなく嵐がやって来ます。山を崩すほどの大嵐が。すみやかにこの村を立ち去りなさい』
だが現実への解決策はするりと実行できた。紗也の言葉は村の有力者達を納得させるのに有効だ。紗也には覚悟が決まっていた。朋然ノ巫女はジプスが土地を離れる時に死ぬ。すなわち朋然ノ巫女が死ねばジプスは土地を離れる。
――一日でも早く皆を逃がしたい。
――自分が世界への未練を募らせる前にすべてを終わらせたい。
様々な思いが交錯する中、紗也は自らに杭を打った。そしてその身に雷を落とした。
しかし結果がこれだ。紗也は死に損ねた。機械兵が目の前にいて自分は知らない場所にいる。それだけで今のアオキ村がいかなる状況にあるのか紗也には推測が立った。
間に合わなかったのだ。
私が、生きている。
「お願い、私を帰して」
機械兵にすがる。
「私は、アオキ村で死ななくちゃいけないの」
生まれて十二年間ただそれだけを信念に生きてきた。
自分が生きてきた意味をいまさら否定されてはいけない。
「そうでなきゃ……」
自分の存在が否定され続けている気がしてならない。
「私の生まれてきた意味がない……」
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