ログ:雷音の機械兵(3)

 機械兵、憎むべき存在。


 機械兵、壊すべき存在。


 機械兵、憎い存在。


 機械兵、滅ぼすべき存在。


 機械兵、斬らなければいけない存在。


 機械兵、存在を許してはならない存在。


 機械兵、存在してはいけない存在。


 機械兵。


 機械兵。


 機械兵。


 消えるべきは、


「お前達だ」

 機械兵の群れの最後の一体を斬り伏せた。

 降りしきる雨の中エリサは肩を上下に揺らし空気を求めて空を見上げた。

「これで……九十三体目」

 ポートツリーはもう目の前だ。

 エリサは以前この街に来たことがある。街路の造りは大体覚えていた。あの日見た街並みはよく晴れた空の元、晴れ色に染まっているようだった。だが現在の有り様をみよ。あの活気に満ちた彩りは失せ世界はうっすらと色をくすませつつある。

「もう此処には誰もいないのだろうか」

 駆け抜けてきた街路をエリサは無人と決めつけるのに躊躇いがあった。それほどまでに人々の営んできた暮らしの証拠が、区画内の至る所に残されていたから。鉄平が何も言わずエリサの背中についてきている。彼も街の惨状に言葉を失ったらしい。戦争とは何故こうもむごいのだろう。そう考えていた時期もエリサにはあった。戦争は幾星霜をかけ積み上げた営みという奇跡をかくも凄惨に奪い去って行く。

 傭兵稼業に身を投じて以来、戦地を遍歴する中でエリサは悲劇と現実を絶え間なく突き付けられ続けてきた。それによって悟らされた。被害者でいるから、奪われる。奪われる前に、奪ってしまえ。ゆえに欲した。失うことの悲しさより抗うための憎しみを。奪われる前に討ち滅ぼすための力を。

 アオキ村を滅ぼされた鉄平にかける言葉は無いがエリサの力を持って機械兵に対抗している姿が彼にとってせめてもの励ましになれば良い。身体に疲労が蓄積しているはずの彼を突き動かしている感情。それが何かなどもはや想像に難くない。

「……雨、やまないな」

 分厚い雲の下で壊れた映写機がノイズだらけのホログラムを映して、ゆがんだ虚像が夜の廃墟で踊っている。息切れが落ち着かない。

 エリサは少し焦っていた。連戦が続いて運動量が想定を超えた。納剣した柄を取り、平生を装いながら鉄平に目配せし先に進む。脚が重かった。十歩進めたくらいだったか。雨で脚を取られたか。疲労が限界を超えたのか。エリサは不覚にも膝を折った。

「エリサ、おい、どうした!」

 すまない。立ち眩みがした。大丈夫、すぐに立つ。

 駆け寄る鉄平にそう言って膝に力を込めると全身に締めるような痛みが走った。エリサは小さく悲鳴を上げ路面にうずくまる。

「エリサ、どうした、エリサ!」

「触らないで!」

 鉄平に声を張る。拒絶ではなく警告だった。鉄平の安全を脅かす危険因子からの。

 ――壊したい。

 雨の音に紛れて呟く声が聞こえた。鉄平の方に視線が動く。戸惑っている彼を見て自分の脳裏によぎった言葉を反芻した。

「……壊、したい」

 それはエリサの本能の声である。

 動悸が身体中の管を刺激する。意識に混濁が滲む。いつもより手足の感覚が鈍い。だが神経だけが鋭くなっている。

 ――壊したい……今すぐ奴らを……壊したい。

 そこにはかつて悪魔と呼ばれた少女がいた。

 悪魔。その正体はエリサに眠る破壊本能。少女の内なる衝動は過去に人々を恐怖に堕とした。そして全てを失った。しかし今は違う。

 ――私は、もう悪魔ではない。

 溢れる本能を自我で制御した。感情によって抑制された獣性は、寡黙の中に閉じ込められた。

 ――力だけ置いて……私を去れ。

 甦る過去を否定した。こみ上げる衝動を抑え、不快な律動をする肢体に自ら戒める。暴れ出そうな雄叫びを必死に押し留める。喉笛を掻きむしりそうな左手を右手で捉えて悶えて忍ぶ。エリサが仰向け様に倒れびくんと胸から仰反のけぞったと思われた後少女の身体は鎮まった。

 ――本能に勝った。

 空から降る雨滴が頬で弾ける。くたりと目をやる先に、鉄平が困惑の様子で腰を落としている。エリサの落ち着いた事が察せられたのだろう、体を抱き起こしてくれた。エリサは彼の袖を掴む。くい、とたぐり寄せると自分の体に触れさせる。

「む、胸……」

「胸?」

「……飾りを、見せて」

 困惑する彼も尋常ならぬ少女の様子にすぐさま胸元から紐に繋がっている物を引き出した。すると水底に漂う波動のようなものが満たされている、小さな球が手の平に現れた。

「やっぱり、濁ってる……」

「なんだ、これは?」

 首をかしげる彼にぽつりと話す。

「これが私の命」

「エリサの、命だと?」

 静かにうなずいた。もはや黙っているにも限界だと悟る。エリサは唯一の味方に対して、言わざるべき真実を口にした。

「私は、機械兵アトルギアなの」

 鉄平が息を詰まらせる。

「何を言うんだ、お前はどう見たって」

「ほら」

 首を動かしてうなじを露わにすると戦いで負った切り傷がある。彼の目には赤く裂けた皮膚の下に金属製の何かが見えただろう。

「まさか。本当に人間じゃないのか」

 瞠目の鉄平にエリサは震える手で飾りを取った。美しく澄んでいた蒼い球体は、鈍色に淀んでいる。

「機械を狩るための機械。アトルギア・タイプ:チゴ。それが本当の私」

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