ログ:雷音の機械兵(2)
――人類はどれだけの時間、機械に対して抵抗を続けていたのだろう。
山を降りて見た景色は戦闘の苛烈さを物語っていた。ガナノ=ボトム第三区画は要塞化されている。その外周を囲む防壁は穴だらけに穿たれて根元の方は砲撃の痕で地形が変わっている。
勝てる戦闘と聞いていた。ガナノ=ボトム第三区画は西の砦と称され十年に渡り対機械の最前線基地として人間達の防衛線を守ってきた。
そこが、落ちた。
まだ中で戦っている者はいるのだろうか。エリサは外壁に空いた穴から見えるボトム中央の塔・ポートツリーを眺めて思いを馳せる。
ポートツリーは街の光から生え出るように空へ伸び暗雲の底に刺さっていた。
「次が十五度目の雷だ、用意は良いか」
エリサは頷いた。草木の茂みに身を潜めて様子をうかがう。アダル型の機械兵が五体、人間が築いた公道を我が物顔で闊歩している。
雷光が明滅する。重く呻くような音が空から響いた時、西の方から喊声が上がった。
「今だっ」
二人は茂みを飛び出し第三区画内に突入した。倒壊した建物や瓦礫の山、
「おい、えぇと……」
「エリサでいい」
「……あぁ、エリサ。成り行きで護衛を頼んだが、危険な時は俺も加勢する」
「ありがとう。じゃあ遠慮なく私も仕事をする。気遣いに感謝だ。さすがは友達」
「……ふん」
鉄平が口をすぼめてそっぽを向いた。怒らせてしまったようだ。
(言葉選びは難しい……)
エリサは少し言葉を気にしようと思った。
山人達による陽動作戦は効果が出ていた。街中を走っていても機械兵の姿が見えない。外周にいたほとんどが彼らにおびき寄せられているようだ。彼らもエリサ達とポートツリーでの合流を目指して進軍している。山人達の容貌は並の兵士と同じくらい、いやそれ以上に逞しく勇ましいなりをしていた。頼もしく思うと同時に彼らの無事も祈った。
駆けながらエリサは思う。機械兵によって奪われた人々の暮らしの営みを、美しかった命の輝きを。エリサは孤児だった。幼き日に戦場跡で泣いていたのを拾われた。育ちの場所は教会の孤児院。
戦災で身寄りを失くした子ども達と一緒に心優しき修道女の元で育てられた。口数の少ないエリサを受け容れ愛情をもって接してくれた彼女は自分に友人まで持たせてくれた。
思い出すだけで胸が温かくなるような日々だった。
……機械兵が来るまでは。
「おい、来たぞ!」
鉄平が叫ぶ。
エリサは息を吸った。
――奴らさえ、いなければ、私は……。
胸が熱くなる。
剣を抜いた。
「憎まれずに済んだ」
振り抜いた剣先の後方で機械兵が倒れた。
「七十九体目」
しかし剣は収めない。
まだいる。
エリサはその場を飛び退いた。空気を切り裂く音が眼前を掠める。
上を見る。ビルの壁に
エリサは瓦礫を足場にして跳躍した。
赤い双眸と視線が揃う。横薙ぎに剣を払った。
「八十体目」
墜落する機械兵に目もやらず更に壁を蹴って上へと跳んだ。
「そこ」
ピーニック・ガムを腰から引き抜き向かい側のビルに撃つ。垂直の壁に不自然な形が浮き出たと思えばそれはステルス型の銃砲機械兵で、粘着弾に砲身を詰まらせた奴はそのまま暴発して四散した。
「八十一体目」
ひらりと身を翻して着地するついでに鉄平の後ろに忍んでいたアダルも斬った。
「八十二体目」
剣に付着した機械油を振り落とす。その涼し気な横顔に鉄平が呟いた。
「お前マジか」
「無所属の傭兵ならこれくらい標準よ」
エリサは鉄平に親指を立てる。
「なんだ、その手は?」
「調子がいい時にするハンドサイン。ゲイツが教えてくれた」
鉄平が真似をして同じような形を作った。エリサは首肯する。
「もしもの時はこれで意思疎通しよう」
「わかった。さぁ急ぐぞ」
鉄平が走りだそうとした時エリサの胸に痛みが走った。
(……やはり、来るか)
大丈夫。まだ行ける。
マントの中で胸のところをぎゅっと抑え、鉄平に続いた。
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