ログ:御倶離毘(6)

 続ける。

「親に戦場に送られて、左腕と右脚を吹っ飛ばされちまった。小さい頃から好きだった機械いじりで義肢を作って生き延びたって人間よ。ほれ、右脚」

 そう言って更に見せた右脚も機械で動いている。ピストンで律動するポンプに彼の大動脈が透けて見える。

「そこらの機械工より技術はあるぜ」

 親に見捨てられ機械兵と戦わされ失った身体の一部を機械に作り直して今でも生きている。ゲイツとはそういう男だ。彼の生きて来た過去はエリサも既に聞いていた。これに収まらぬ凄惨な過去を彼はまだ持っている。だが鉄平にはゲイツの義足を見ただけで響くものがあったようだ。

「俺とエリサはどっちも天涯孤独の乞食の出だ。その中で傭兵やって日銭を稼いで今日の今日まで生きてきた。不幸レベルじゃ負けねえぞ」

「ゲイツそこは張り合うところじゃない」

 ゲイツは「あ、そうだった」と言って鼻に指を突っ込むが自分の鼻から大量に出血しているのを見て「何じゃこりゃあ」と叫んだ後エリサに「うるさい」と言われて大人しくなった。鼻には綿を詰めてやった。

「私とゲイツは自分の居場所を探して旅をしてるの。心穏やかに過ごせる場所を」

「お前は故郷を追われたのか」

「ええ。身を引いたの。皆が嫌いと言うものだから」

 そして旅の途中で偶然出会った者同士。ゲイツとエリサの二つの孤独が辿る旅路はアオキ村に至っている。

 この世は地獄だ。それでも自分達は生きていて世界に産み落とされた理由を求め抗っている。救いの無い世界だけれど何かを救う事で自分の生きた証になれるのならば本望だ。エリサとゲイツが戦士としての道を選んだ理由はそこに在る。

「……お前達は寂しくはないのか。集団に属せずただ二人で世界を旅して」

「さあ? 知らね。孤独ってのは満たされていた人だけに湧き立つ感覚だからね」

 ゲイツが困ったように頭を掻いた。「ぶっちゃけあんたもそうだろう?」と微笑み返すと鉄平は虚を突かれたように眉根を上げて姿勢を崩した。

「俺は機械から生まれた人間だ」

「鉄平さんを生んだのが……機械?」

 ゲイツに鉄平は頷く。

「俺の両親。母は機械に。父は人間に殺されている」

 絞り出すかのような細い声で鉄平の独白は始まった。

「母親は俺を生む前に死んでいた……機械兵に襲われて。胎内にいた俺は祖父の遺した生命維持装置で胎児のまま生き延びた。そして俺を生かした父親はジプスの旅中、野盗と戦い首を斬られた」

 初めて人に話すのか鉄平の声は慎重で一つひとつ言葉を探している様に聞こえる。

「機械と人間。俺にとって敵かどうかの区別なんて俺の行く手を邪魔するかしないかでしかない。俺はいつも飢えているんだ」

「何に飢えているんだい」

「この魂が落ち着ける場所に」

 ゲイツは唇と鼻の境をすぼめて声を漏らした。

 この時エリサは自分が彼を誤解していたと自覚した。鉄平はジプスの首領として強く孤高な男として認識していた。村の平和を守るため己に厳しく民に頼もしいリーダー像を体現した存在としてエリサ達に対峙していた。しかしそうではなかった。鉄平の抱く物は自分が抱く渇望と酷似しているのではないか。他者から如何なる評価を与えられ偶像を突きつけられようと中身は年相応の焦燥感に怒りを抱く少年じゃないか。

 ――こんな俺でも満たされるような。

 ――こんな私でも認められるような。

 そんな居場所を探している。

「山の向こうから来たお前達と出会い思った。俺は……」

 ただ現実を前に藻掻きながら。

「俺は変わらない現実を憎むべきだと知った」

「オーライ、腹が決まったな」

 ゲイツは相好を崩してエリサに親指を突き立てて見せた。エリサも鉄平の瞳に力のある怒りを感じ取り胸の奥がひりつくような感覚を得る。エリサは鉄平に向けて言った。

「共に戦おう」

「生き残るんだよ、このジプスにいる全員で」

 そう言った彼はゲイツの方に向き直った。

「どうか俺を殴って欲しい」

「え、嫌だよ面倒くさい」

 何を言い出すんだこの男達は。

「さっき殴ってしまった俺が負うべき責任がある。取り乱して本当に済まなかった。どうか俺を殴って欲しい」

「いやいや良いって。この程度でやり返してたら世界から争いは無くならないよ。俺って基本平和主義者だから」

 ゲイツが手を横に振っているとその手を鉄平が掴み取った。

「いいやよくない。俺達の立場は平等にあるとそっちが言った。頼むどうか俺に一発」

「ちょちょ、何言ってんのさ! 良いって! チャラで良いよって言ってんでしょが!」

「よくない! 殴れ!」

「変態なのぉ!?」

「殴られるまで俺の気が済まない! 俺のために一発殴れ!」

「嫌だぁ! 暴力反対! 助けてエリサちゃぁあん!」

 ゲイツと鉄平のよく分からない押し問答が始まった。殴れと言われてるならその通りにすれば済むだろうに。などとエリサは思ってしまうがゲイツの持つ基準ではやらないそうだ。そもそも鉄平が殴れと連呼するのもどこか違う気もしてならない。ゲイツは被虐の要求を全身全霊拒否しており迫る鉄平の方が何故か胸倉を掴んでいる。言ってる事とやってる事がまるで逆な光景。

「……それは今すべき事じゃない」

「ごめんなしゃい」

 エリサが抜剣して刃をゲイツに突きつけるまで二人はそれを続けていた。鉄平の方は憮然としていたが気力が少しは養えたらしく立ち姿もまともになった。もう安心だ。エリサは鉄平と向き合った。

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