ログ:御倶離毘(7)
「友達になろう」
鉄平は怪訝な顔で聞き返した。
「紗也が言っていた。鉄平はいつも忙しそうだって。紗也は友達を欲しがっていた。だからあなたも欲しいんじゃないかと推測する。どう、友達」
暮らしの環境は違えど人としての感覚は共通の物だと信じたい。これまではありえなかった行動。鉄平に手を差し出すことを、試みた。鉄平は奇人を見るような目でエリサを見てきた。
「やるなら早くやってほしい」
「エリサちゃん、当たりが強い」
「ちんたらしている時間はないの」
「どこでそういう言葉を覚えてくるの君」
鉄平はエリサの手に視線を落としている。この手が繋がればアオキ村と二人の傭兵の関係が改まる意味の重い握手になる。ただそれを顧みずともエリサは単純に鉄平との関係を良好にすること自体に意味があると考えていた。今一度鉄平の目を見る。黒目が大きく眉がはっきりとした英雄的な相貌だ。両者の視線が絡まる。
鉄平は時間をかけてゆっくり手を差し出すとエリサの手を握った。
「私達は、友達だ」
エリサの表情が少しほころんだ。――のちにゲイツに言われて知る。
「これから俺達はただちにアオキ村を出発する。目指すは南東のヒル=サイトだ」
「合点承知」
もはやアオキ村に残るタイムリミットはゼロだ。長居するだけ機械兵が迫る。
――急ごう。
鉄平は直ちにジプスの有力者を集め即時出立の旨を発した。
「紗也を連れてくる……お前達も来てやってくれ」
戦々恐々と事が進み慌ただしくなる中で鉄平はエリサ達にそう声をかけた。紗也の屋敷の奥の間。紗也の居室だ。入るとひと担ぎの甕が用意されていた。更に奥には小さな祭壇が設けられその上に骸がひとつ目に入った。
「気がついたか、あれは先代巫女のものだ。俺の一族は代々、先代の骸を祀って当代巫女に自覚を植え付けてきた。お前達にどう映るかは、聞かないがな」
そっと手に取り傍らの木箱に骸を収めると鉄平は胸に抱いた。
「これに紗也が入ってる」
そして部屋の中央に佇む小さな甕の蓋を開けると今の木箱を紗也が眠ると言うその中に入れた。甕の縁は綱で結ばれそれを鉄平が背負う。
主を失った部屋はどこかもの哀しい空気が下りており彼女が使っていたであろう家財などはそのまま置いて行かれるようだ。しかしどこかがらんどうにも見える。
感傷に酔う暇ではない。行こう。
『未回収ノ不明ナデバイスヲ検知シマシタ』
エリサの考えを遮ったのは祭壇を背にした時どこからか聞こえた声だ。
「今のは」
「……エリサ! 鉄平さん! 離れろ!」
ゲイツが叫ぶと背後の壁が真四角に切り取られた。
破壊音。くり抜かれた壁が吹き飛ぶ。
「ヤバいのが来たぞ、鉄平さん、皆を連れてここを出ろ!」
「何だあれは!」
「機械兵に決まってるでしょ! 早く逃げな!」
鉄平はゲイツに従い広間に向かった。エリサは抜剣して壊れた壁の方を見る。だが壁に空いた穴の向こうには何もいない。あたりの気配を探るが排気音どころか金属音すら聞こえない。
――ステルス型のシシュンか。
遮蔽物の多い館内に侵入されると厄介だ。仕留めるなら外だ。
「ゲイツ」
「おう」
二人で背を合わせ壁の穴ににじり寄る。気を集中させて外へと一気に躍り出る。しかし標的はいない。どこかに潜んでいるはずだ。垣根の裏、岩の陰、屋根の上、奴らはどこにでも現れる。高度知的無機生命体の謂れである。ターゲットを狩る為ならいかなる計算でも確実に遂行する。
――いかなる計算でも?
冷たい恐怖が背筋を貫いた。
「引き返す。奴の狙いは、私達じゃない!」
ゲイツの返事を待たず踵を返して館に駆け込んだ。
最悪の予感だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます