ログ:御倶離毘(4)
機械兵はその獰猛な前足を砂を巻き上げ振り上げた。
「よけて! 受けるな!」
村人が飛び退いた地面を奴の爪が抉り取る。後方の避難民から悲鳴が上がる。小型とはいえ人狩り用の兵器。喰らえば即死の一撃だ。人間を殺戮するためだけに生まれた奴らの戦闘力は伊達じゃない。
慄く村人達に声を張る。
「
一般人が殺戮兵器を相手にする恐怖は筆舌に尽くしがたい違いない。だからこそ声を高めて人々を励ます。たとえ虚勢でも気持ちで屈しては勝ち目などない。人類を滅びの手前に追いやった奴らの脅威は遺伝子レベルで人間達に刷り込まれている。
だが人間達も黙って滅んできてはいない。奴らが人間狩りの機械なら此方にいるのは機械狩りの傭兵だ。俊敏な奴らを抑える手段はある。エリサは腰裏に手をかけた。ホルスターから引き抜いたのは一丁の手持ち銃。
「ピーニック・ガム!」
引き金を引くと銃口から軽快な発砲音が一発の弾を撃ち出した。発射された弾丸は、機械兵に着弾する直前にぱっと散開し脚部関節を捉えた。奴の動きが途端に鈍くなり
ピーニック・ガムはゲイツの手造り兵器。弾丸には粘着質の液体が細かく小分けに詰め込まれ、着弾すると機械の関節の隙間に入り込んでその動きを固めてしまう。装甲の厚い機械兵との戦闘に際し接近戦を得意とするエリサの攻撃補助として愛用している武器だ。
機械兵への対策など
エリサは更に残りの三本の脚も撃ち抜いて機械兵の動きを封じ、村人にその脇腹を指し示した。
「装甲の隙間、あばらの関節になら刃が通る! 今だ!」
「応」の声を猛り上げ村人がこぞって機械獣のあばらを武器で突き刺す。機械兵は顔面から火花を散らせた。
「おっしゃあ! オラ達の手で機械共を討伐したど!」
擱座した機械兵を囲んで村人達は雄叫びを上げる。しかしその勢いは負の側面へと流れ込んだ。
「オラ達の村をよくも……ご先祖様の恨みじゃアッ!」
動かなくなったシシュン型の眼窩に向けてある者が鋤を突き立てた。それに雷同し周囲の男達が停止した機械の死骸に攻撃を加える。罵詈の限りを尽くして責め立てられるシシュン型の身体は斬られるたびに内容液が噴き出した。小刻みに痙攣し機械油の鈍臭いにおいを撒き散らす。村人達は取り憑かれたかのように死骸への殺害行為を繰り返していた。
「死ね、この悪魔が! 死ね、死ね死ね! 地獄に堕ちろ!」
その中で一等若い少年が鎌を死骸に刺そうとしたのを、手を掴んでエリサは止めた。
「……そんな事は今すべき事じゃない」
少年が目に涙を浮かべているのを見てエリサはその手を放して抜剣した。
「死者を刺しても敵は減らない。敵はまだいる」
「ひっ」と短い悲鳴が上がり、エリサの冷たい瞳と声音に一同は静まりかえった。人々は萎縮するが、エリサは彼らに淡々と言う。
「私について来なさい」
人の心に巣食う集団心理こそ戦場で一番の敵。自分が統制を執らねば瓦解する。けれど村人達は眉を顰めてエリサに問う。
「ゲイツの旦那ならまだしも嬢ちゃんに何ができる」
昂ぶる男達の中でエリサは少女だ。弱者に見えよう。そんな者に従えと言われて素直に頷く筈が無い。だからこそ統制には力の示威が必要である。
「私は強い。あなた達よりも、機械兵よりも」
エリサがそう言うと一同から笑い声が上がった。まるで幼子の戯言を
「私は強い」――息を吸った。剣の柄に手を握りし――「てぇいっ」――めてその場から姿を消し襲い掛かろうとしていた機械兵に一太刀を浴びせた。
という一連の出来事を村人達が理解した頃には、機械の骸が彼らの足元を転がっていた。唖然とする村人達にエリサは口を開く。統率者として示威行為を遂げた後はすかさず戦意高揚の演説をするものだ。
「もう一度言う、私は強い……すごく強い。とにかく負けない。強すぎるため負けることがない。だからあなた達は私に任せて戦うべきだろう、いや私に任せろ。私のために戦うがよい。戦え。勝つのだ……おうっ」
しかし残念な事にエリサは口下手だった。
ただそんな事村人にはどうでも良かった。
「なんちゅう速さと剣の薄さじゃ」
エリサの手にする得物。それは両刃の直剣。ただしその剣身はおそろしく細く鋭くそして薄い。それはただ奴らの身体を断つための剣。エリサの高速剣技を実現するただ一振りの斬鉄剣。
「これで七十八体目」
鞘に剣を納めた時エリサの体がにわかに傾いた。
「お、おいっ大丈夫か」
「問題ない……ただの貧血」
「は」
貧血。あれだけ強気な振る舞いをして貧血。
呆気にとられる一同に向けてエリサは拳を空に掲げた。
「よくある事だ、気にするなっ」
統制者とは誰よりも虚勢を張る者だと少女は思っている。声を張り上げたエリサは村人の介助を押し退け屋敷の方を指し示す。
「行こう、鉄平達が時間を稼いでいる」
エリサは立ち上がり声を励まして足を進めた。少女の頓珍漢な言動に村人は首を傾げながらも彼女の腕前は確かなのだと分かったらしく士気を落とさずエリサの背中に続いた。
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