ログ:御倶離毘(3)

 悲鳴。紗也の体は炎を帯びたまま地に落ちる。

 しかし誰もその姿に目もくれなかった。

 人々は逃げ始める。

 散った人間達の中央にいてはならぬ者がいたのだから。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………機械兵アトルギアだぁぁぁぁああああああああああああああああ!!」「いやぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」「奴らだ逃げろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」「ギャアァァアァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 逃げまどう人々に阿鼻叫喚の渦が巻く。

「エリサ、動くぞ」

「うん」

 ゲイツは保護眼鏡ゴーグルを下ろし出現した奴の元に飛び出していく。機械兵の数。柱の裏に一体。広場の奥に更に三体。ゲイツが目標を捉え腰の剣を引き抜く。直剣。されど片刃肉厚の変質な得物が彼の愛用するクリーファという種の刀剣だ。

「俺の手柄になりなっ、機械兵共!」

 鋭く風を切り裂きながらゲイツの刃が闇夜に走る。背丈は二メートルを裕に越す異形の人種に恐れも知らず赤髪が舞う。

「邪魔をするなァッ!」――だが遮られた。

 ゲイツの刃が煌めく前に狙っていた機械兵が打ち伏せられた。その背に降り下ろしたのは長大な鋸。木こりが材木の伐採に使用するただの農具だ。そんなもので機械兵を殴り倒したのか。

「鉄平さん!?」

 顔は赤く筋張って目玉は飛び出そうなほど見開かれていた。重量感ある長大な鋸を頭上に掲げると機械兵の頭に向かってもう一度振り落とす。機械兵の巨体が転げてもんどりを打つ。

「アオキの民よ聞け。俺達は機械兵に邪魔された! 神聖な時を穢された! 紗也様の御霊に触れようとする邪悪な無機物共のこの毒牙、どうして許してくれようか! 断じて解せぬ所業である!」

 鉄平の怒声逞しく、逃げ惑う村人達の騒ぎが止まった。

「俺と戦え! 奴らを倒せ!」

 そう言うや、起き上がってこようとする機械兵の腕を打ち上げた。

「戦え!」

 なんという馬鹿力だろうか。機械兵に腕力だけで競り合っている。今朝の喧嘩で直撃を喰らっていたら今ごろゲイツはこの場に居なかったかもしれない。だからゲイツは口笛を吹く。

「やーるぅー」

 鉄平の声に応じて男数名が留まった。他は村の奥へと避難している。意外なことに統制が良い。だがアオキ村の純戦力は二〇人に届くかどうか。襲来した機械兵の数が定かでない状況で防衛戦は絶望的だ。

「そのための俺達なんだよな」

 ゲイツの声は張ればよく通る。

「鉄平さん! 俺達は避難する皆を援護する! そっちは任せた!」

「誰一人殺すな、それだけだ!」

「善処します! エリサ、列の右側を頼んだ。そっちの方が、戦えそうな人が多い」

 頷いてゲイツと別れる。人々が殺到しているのは紗也の居館だ。敷地が広く村で唯一塀を持つあの館なら大勢を収容できる。

 ――彼女らは今どこに?

 ふと脳裏をよぎったのはあの夫妻のことだ。腹に子を持つ妻がいる。走りながら人波の中を探し回る。

 いた。

「ソヨカ! オイは鉄平サァの元に行く! お前はこのまま行け!」

「嫌だよあんた! 絶対に行っちゃ駄目!」

「必ず生きて帰る! お前と、子どもの命は、オイが守っからな!」

 列を離れた吾作とすれ違う。ソヨカの絶叫。一目見えた彼の表情は尋常じゃない形相だった。すぐさまソヨカに駆け寄る。

「安心して、私とゲイツがあなた達を援護する、きっと大丈夫だから」

「エリサ! 連れ戻して! 吾作を……吾作をぉ!」

 乱れる彼女の頬を張る。

「あなたは、あなたの守るべき命を守りなさい」

 茫然自失のソヨカを適当な村人に任せてエリサは周囲を改めた。アダル型が三体。シシュンが二体。目視で認めた数は計五体。シシュン型に銃砲型はいない。この数で収まっていてくれたなら勝機は望める。

 自分達がいるからだ。

 アトルギア・タイプ:アダル。世界で最も多くの個体が確認される種。手足が長い人型機械兵。

 アトルギア・タイプ:シシュン。アダル種に属しない、奇形の機械兵。全身が剣のごとく鋭利な型や砲身を持つ銃砲型などその生態の種類は多岐に渡る。

 世界を支配する機械兵は大きく分けてこのどちらかに分類される。

「シシュン型がこちらに接近!」

 エリサは声を張る。四足獣のなりをしたシシ型の機械兵が猛然と人の列に突っ込んできている。列の中から武器を手にした村人が数人出てきた。素人含めこちらの兵力計八人。目標の体格サイズは大人二人と同じくらい。幸いなことに比較的小さな個体だ。烏合の衆でも小型の奴ならギリギリいけるか。

 闇夜に光る鋼色。赤い両目が地を鳴らしながら目前に迫った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る