ログ:朋然ノ巫女(5)

 降りた先には空間があった。作業台と思しき机が中央にあり、書物が壁際にきっちりと整然と棚の中で収まっている。行燈ランタンが灯っているが息苦しくないのは何処かに通気口があるのだろう。なんとも一族のリーダー格もとい宗教家らしくない内観だ。

 ――これは、機械兵襲撃に際して用意したシェルターか。

 そのまま彼の執務室として使用しているのだろう。鉄平に促され、適当な席に座らされた。対面の席に鉄平がつく。

「出せ」

 主語と推測される物を机の上に出す。

「これがお前達のプツロングラか」

「通信が機能していない。鉄平さん、あなたも世界を旅するジプスの一族だ。もしかしたらアオキ村の元で外界と通信できる術があるんじゃないかと」

 ゲイツがそう言うと鉄平は黙った。何かを言おうとしている、だが言えない、言いにくいニュアンスを抱えている表情を内側に隠し持っている。エリサにはそう映った。もはや腹を割るしか最善策はない。エリサは鉄平の注意を自らに向けさせた。

「黙っていてごめんなさい。実は私達、傭兵をしているの。無所属フリーランスのね」

 続ける。

「私達は今、人間と機械が交戦中のガナノ=ボトム第三区画に要請を受けて向かっている」

 ゲイツは黙って聞いている。

「けれど現地との通信ができない上に足止めを受けている状況、私達にとって良いことではない。人類の存続のため、アオキ村の技術者に協力を仰ぎたい」

「……もともと、アオキ村でも周囲の部落や街と通信は取れていた」

「!」

「三日前、すべて途切れた」

 鉄平は言う。

「お前達は知らないだろうが、俺達ジプスは独立した共同体として世界を転々としているが他の共同体との繋がりを独自に持っている。この地図を見てくれ」

 鉄平が書架から引き出した地図を広げると中央に大きく拓けた盆地、四方に幹線が伸びて紙面の縁まで至る。幹線に横切られる形で盆地の周囲には山脈が連なり北西の山中の位置に赤い丸が記されている。

「中央の盆地がお前達の目指す第三ガナノだ。北西の赤丸がアオキ村の位置。迷い込んだと言っていたが、ここからそう離れていない。そして、これらが協力関係にある小規模集落だ」

 鉄平が指さしていくそこには、よく見ると小さな黒丸がいくつも示されている。

「第三ガナノがカバーする通信領域は地図の範囲内だ。示されている集落の殆どが通信設備こそあるものの、当然ネットワークはすべて第三ガナノに依存している。アオキ村もその一つだ」

「だったら」

「ああ」

 鉄平の首肯で目の前がくらんだ。だがゲイツは食い下がろうとする。

「まだ早合点だよ。ガナノは防衛兵力五〇〇人を擁する大都市。防衛戦では無敗を誇る要塞なのに……いや、最悪の場合を受け容れるよ。第三ガナノのポートツリー(※区画内の電子情報を集約する機械塔)は都市中央にある。それに損害が及んでいるとなれば……」

「そのプツロングラは正常だ。障害の原因は根元にある」

 ゲイツの舌打ちが聞こえた。同様にエリサの脳裏にも歯噛みしたい言葉がよぎる。

「ガナノ=ボトム第三区画は、すでに機械兵に陥落した」

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