ログ:朋然ノ巫女(3)
震えそうな声で口にしてしまった。それまで輝いてた眼がすっと穏やかな色を帯びてエリサの目を見つめたまま、にっこりと紗也は言った。
「死にます」
美しい言葉。不気味さのあまりエリサは総身が粟立ちそうになったのを必死で堪えた。
全身が急速に熱くなる。取り返しのつかない失敗を犯したような胸の痛みが刹那的に迸る。数秒前にいた少女がこの瞬間に死んだと察した。目の前の紗也がまるで別の生き物に変身した。朋然ノ巫女。生贄のため育てられた少女になって。
「みんなと会えなくなっちゃうのは寂しいけど、アオキ村の皆がこれからも幸せに生きていけるように私がんばるよ!」
「どうしてそこまで人の幸せを願えるの。紗也は」
「皆が私を幸せにしてくれたから。私は私にできることで皆を幸せにするんだ」
「…………」
エリサは紗也の身体を抱きしめた。どんな事を言おうが紗也の声には一切濁りがない。自分の死が、村人の命を確実に守る。心からそう信じ切っている。
「エリー、突然どうしたの」
「……がんばって、どうか」
「えへへ、絶対に成功させるんだから。最後にエリーとお話できてよかった!」
「うん」
胸にうずめた温もる身体が命の在処を伝えている。
翌日紗也の声を聴くことはなかった。
「こんな小さい家……というか小屋じゃないか! どうやって住んでるんだこれ」
せいぜい寝床がつくれるくらいといったところか。ジプスの統率者が住まう家としては何とも清貧を追及している。本当にここが鉄平の家なのか?
今朝の事。いまだ山越えは危険だと言うモトリに対してこの村に機械に詳しい人はいるかと尋ねてみた。数日前からプツロングラ(※携行式立体電子記録端末)に通信障害が起こっているため修理を試みたいと思っていた。深山の里とはいえ世界を渡り歩く民族の技術は頼れるかもしれない。
「えぇ、おりますぇ」
にたりと笑うモトリは三人の人物を紹介した。一人目は権兵衛という名の頭皮が禿げ上がった老人で眼鏡の似合う知的な容貌。実際に訪ねて見てもらった。プツロングラを出すと権兵衛老爺は熟練した手付きで受け取り目を細めて言った。
「小さかまな板じゃな」
すみやかにおいとました。
一人はラミダス・ドーンと名乗る中年男性。ジプス合流前は機械整備の職をしていたそうだが祭り支度に出ており不在だった。今夜から始まるのだから当然と言えば当然だ。
そしてもう一人。なんとなく訪ねにくい相手だが背に腹は代えられぬ。
「鉄平ならきっと誰よりも機械の扱いは上手だァよ。空読から帰ってきた後なら捕まえられるさ」
モトリはそう言うが今だに自分達を警戒して口も利いてくれない人がそう安々と手を貸してくれるだろうか。
「モトリ婆さんが教えてくれた場所はここで間違いない。あのデカい櫓が目印だっていうから、はるばる長い坂道を上がって来たんだぜ」
山の斜面を覆う森の中に空閑地がある。広場から見えたそこには櫓が建っていた。そのさらに右斜め上に鉄平が寝泊まりする家屋があるらしい。目指してみるとなるほど、何の変哲もない森の中はしっかりと踏み固められ、道標となる楔が要所に打ち込まれていた。そして辿りついた小屋はどちらかというと「発見した」と言った方が適切な表現かもしれない。
「もしもーし、ごめんくださぁい。鉄平さんいますかー?」
中から返事はない。ゲイツは道中でかいた汗をぬぐいながら
「まだ帰ってないのかもしれない。空読は、あの櫓から村まで報せに下りる必要がある」
「今日が最後の空読なんだろう? で、今夜から明日の晩まで磔にされると」
「…………」
「エリサ、どうかしたのかい」
昨夜交わした少女との言葉が思い出される。あの時見た死を受け入れた笑顔が今なお心の底でほの暗い影を落とす。
「いや、なんでもない。それとゲイツはもう少し言葉を選んで。彼女が務めるのは磔じゃなく掲揚」
「そんな細かい事いいじゃないか、だって」
「よくない」
「……それは失礼。エリサ、昨夜の間に何かあったのかい?」
ゲイツが水筒から水を飲む。
「紗也と裸の付き合いをした」
ゲイツが口から水を噴いた。
「…………なるほどね、そんな事を言ってたのかあの巫女様は」
エリサの話に頷きながら手拭いで濡れた襟元を拭う。
「私達はやはりこの村に来るべきじゃなかった。紗也に外の世界を教えてしまった」
「自分を悲観するな、そんなの結果論だ。俺達は世話になったジプスの最高権力者の命令に従って、彼らを喜ばせる話をした。それだけだ。忖度する筋合いはない」
「ゲイツは考え方が逞しい」
「半端な情けは人を殺すからね。エリサもそろそろ自覚した方がいい」
いつもの軽妙な雰囲気こそあれゲイツは本気で笑わない。
「俺達は戦士だ」
その足を左に半歩ずらして身を寄せる。ゲイツの頭部があった空間を一筋の木剣が薙ぎ払う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます