ログ:朋然ノ巫女(2)

「エリーね、わかった。あなたの呼びやすいようにすれば良い」

「そのあなたってのも変えて欲しいなぁ。紗也でいいよ。様なんて付けなくていい、そのまま紗也って呼んで」

「わかった……紗也」

「なあに、エリー?」

 嬉しそうに紗也は笑うと、すっと立ち上がって裾に当たる部分をぴらりと持ち上げた。

「その所作、巫女様というよりお姫様ね」

「おひめさま? なあにそれ」

 そうか、山から出たことがないのだから知らないのか。

「国で一番偉い人が王様、その娘がお姫様。今の紗也のポーズが、私の昔見たお姫様にそっくりだった」

「へぇそうなんだ。なんとなく、やってみただけなんだけどね。お姫様ってどんな人?」

「綺麗な服を着て、たくさんの飾りをつけた、華やかな人だった。遠くからしか見えなかったけど、いるだけで周りがキラキラしてる感じがした」

「キラキラしてるの?」

「綺麗な花や石がいっぱいキラキラして、周りはとても楽しそうだった」

 紗也の目は大きく見開かれた。

「エリーはなりたいの、お姫様」

「えっ」

「だって楽しそうだもん、エリーの顔。初めて会った時はキリっとしてて、ずっとそのままだったからお喋りが苦手なのかなぁって思ってたけど、今のエリーはお姫様が大好きなんだなぁって感じがしてるよ」

 湯船で温まった頬がさらに赤みを増しながら自分の前に迫ってくる。

「……まぁ、お姫様は好きだよ、みんな」

「そうなの?」

「お姫様は世界の中心にいらっしゃるお方だ。人類はお姫様を守るために機械達と戦ってる」

「エリーみたいに?」

 紗也はエリサの肩に触れた。エリサの身体にはいくつもの傷跡が刻まれていた。

「見られていたか」

「エリーって実はお姫様を守るために戦う人なんでしょ。だから早く村を出たがってる」

「ま、そんなところかな」

「エリーみたいな綺麗な人でも戦わないといけないんだね」

「生きるためよ」

「生きるため?」

「世界は残酷だ。明日生きてるかなんてわからない。この世界で生き残る術はただ一つ、戦い続ける事。だから命の価値に身分や年齢は関係ない」

「だからあの時、私にそう尋ねたのね」

 エリサは頷いた。エリサは今よりもずっと前から戦場で生き抜いてきた。過去の体験から自分を作り上げている要素に一切の揺らぎはない。

 ――命の現実を私は誰よりも知っている。

 そう。命が持つ価値も重みも、すべて。

「……そんな怖い顔しないで、エリー。私はあなたとずっと話したかったんだよ」

 紗也がエリサの肩に抱き着いた。少女の小さな身体のやわらかさと湯で温まった体温が肌に直接伝わってくる。殺伐としているエリサの胸中に幼い少女の優しさが響いた。

「私ね……友達が欲しかったんだ。鉄平は空読の時はかまってくれるけど、いつも忙しそう。モトリはそばにいて話し相手になってくれるけど、いつもそれじゃ代わり映えしない。村の人とはお告げ以外で話しちゃいけないことになってるし、ずっと退屈だったの」

「巫女様も苦労が多いのね」

「だけどエリー達が来てくれて、私すっごく嬉しかった。知らない事をエリーとゲイツさんがたくさん教えてくれた。本当に、ありがとね、エリー」

 紗也はエリサの手を取ってにこっと笑った。紗也の顔を見ると少し気持ちが明るくなった。 

「そっかぁ、お姫様かぁ。エリーが守りたくなるような、そんな人がこの世界にはいるんだね。……一度でいいから会ってみたかったなぁ」

 ドクン。

 胸が疼いた。

 紗也は二日後に死ぬ。知っていたはずなのに外の世界を教えてしまった。

「ねぇ、紗也……」

 この子はきっと死の間際で世界に未練を感じる。無垢に笑うこの顔が磔にされ、焼き殺される様を衆人環視は喜びながら祝うのだ。想像できない。

 想像ができなかった。

「……本当に死ぬの?」

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