ログ:平穏を護る者(2)
「鉄平は、本当にいい男に育った。あの子、親がいないの」
「親が?」
「あたし達がアオキに落ち着くまでの旅で、鉄平の両親は命を落としたんだ」
娘の隣に座る年増の女が説明をつけ足す。
「あたし達は鉄平の両親にとても助けられてきた、だから赤ん坊の鉄平を村の皆で育てようって決めたんだ」
年増の女はしみじみと遠くを見つめる。娘が腹をさすりながら言う。
「鉄平は皆の息子であり弟であり、ジプスの光。それに紗也様とはまるで兄妹みたい」
「こらっ、滅多な事を言っちゃいかん」
「えーだって本当に見えるんだもん。ずっと一緒にいるんだよ、鉄平と紗也様。きっと夫婦になっても良くやっていけるかも」
「こりゃあ、言葉が過ぎてるってば」
「そういうあんたも顔がにやけてるじゃないのさ」
「そ、そんなことは……ある。実はあたしも思っとる」
「でしょう?」
女たちはころころと頬を赤くして笑った。
「お
いつの間にか吾作が鉄平との話を終えてエリサ達の傍に来ていた。
「あ、吾作。いやね、鉄平のかっこいい所を旅人ちゃんに教えよったと」
「ふぁーっ、鉄平サァよか
「なんね」
女はきょとんとした顔で吾作に言った。
「あんたの魅力はウチが独り占めしときたいと」
「あぁ~!」
吾作は顔をおさえて崩れ落ちた。女は此方に目をやって舌をチラッと出した。
「ま、まぁ鉄平サァの働きぶりは俺も敵わん。じゃっどん、男前は負けちょらんしな」
「なに張り負うとるん」
女は呆れたように笑っている。吾作は一度咳ばらいをすると元の生真面目そうな顔を作った。
「これから男達で、昨日の雨で壊れかけた水路を修理してくる。残った者は、鉄平サァの指示で祭りの櫓を組む準備に移る。俺は水路組の長だから、帰りがやもすれば遅くなるかもしれん」
「ウチは母ちゃんもおるし、心配いらんよ。それより吾作こそ気を付けてな」
二人の顔に微笑がうかぶ。その時「うっ」と女が表情をしかめた。
「どうしたっ」
「動いた。お腹の子が」
女はそう言った。吾作は驚いた顔を緩ませて背中をさすってやった。
「早く終わらせて帰るから、待っとれ」
「村のためにありがとな」
「お前と子供んためじゃ」
吾作は足早にその場を去った。件の作業場に向かう一行が呼び集められ水路の上流である川の分水地点まで吾作を先頭に連れ立って行った。それからエリサは草鞋編みに従事し、水路整備から残された男達の祭り支度を客人として眺めていたがしばらくしてゲイツまで川上に連れて行かれていたのに気づいた。
「エリサに俺を褒めてほしいんだ」
「とても誇らしい事をしてきた顔ね」
日の暮れだした頃に男たちは帰ってきたが、その中でも一番偉そうな顔をしていたのがゲイツだった。
「みんなの表情を見れば瞭然。彼らもさすが各地を渡り歩く部族だけありそれなりの治水技術は持ってはいたけど、俺にしてみれば組み方がどこか頼りない。そこで僭越ながら俺が講釈を垂れてみせた。するとどうだ、一同開目してやれゲイツの旦那だ、先生だ、と囃し立てるもんだから……」
エリサがあくびを一度して、更なる一回を堪えようかと悩んでた頃に話は結した。
「今夜は宴に招いてもらったよ、お礼のつもりらしい」
なんとも世間への干渉が巧いこと。
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