血の争い

乾燥バガス

血の争い

 私は四十三歳の魔法使い。だがそれは昨日までの話だ。今、私は死んでいる。


 私は棺桶に入った自分の死に顔を真上から覗き込んでいた。なんて安らかなんだろう。自分ながらにそう思ってしまう。


 しかしどうも棺の周りが騒がしい……。




 ――私は焦っていた。私にはまだまだやり遂げるべきことが沢山あるのだ。それにも関わらずこの数年、ずっと身体の限界を感じていた。ほんの少しだけでも構わない、若かりし頃に戻れるならと私は禁呪に手を染めることにした。それには近親の血を必要とした。


 その禁呪には血そのものではなく私を構成する近親の魂が必要だった。つまり両親、あるいは四人の祖父母、あるいは八人の曽祖父母である。それらの魂をバランス良く配置して術に挑む必要があり、後者であるほどその難易度が高い。利用できる魂は肉体から離れている魂でなければならないのだが、私の場合は曽祖父母八人を降霊することが必要だ。祖父母の内二人は在命であるし、両親に至っては二人共ピンピンしている。時間的猶予のない私はその死を待つわけにも行かず、曽祖父母八人を降霊することにした。四人の祖父母にはその両親が在命では無いことも確認済みだし墓も確認した。


 そして昨晩、長い長い術式を練り上げ八人を降霊した。現れた曽祖父母達のその姿は皆若かった。予測したとおり、祖父母を産んだ頃の姿だった。


 しかし、そこに現れたのは六人だった。


 絶妙なバランスを要するこの術を完遂するには、私を中心とした正八角形の頂点に八人現れなければならない。正面に父方の祖父の父親、そしてその右隣りに父方の祖父の母親、その次に父方の祖母の父親と母親、あとは順に母方の祖父の父親と母親、母方の祖母の父親と母親が現れるはずだった。しかし正面から数えて三番目の父方の祖母の父親と、七番目の母方の祖母の父親が現れていない。


 なぜだ!?


 私は術の失敗を覚悟した。バランスを崩し変質した術式の膨大なエネルギーは、行き場を失い私に襲いかかってきた。


 私がエネルギーの奔流に抗っていると、正面から数えて二番目の父方の祖父の母親と四番目の父方の祖母の母親と八番目の母方の祖母の母親が勝手に移動し、一番目の父方の祖父の父親を囲んで言い争いを始めた。一人のハンサムな男を囲んで三人の女が互いを侮辱し、男をなじっている。


 私は自分の肉体から生命の息吹が引き剥がされるのを感じながら状況を理解した。


 私には四人の曽祖父が居るはずだったのだが、そのうちの三人が同一人物だったという訳だ。どれほどの不義密通を行えば、この様な確率で私の曽祖父三人が同一人物になるのか想像できない。しかしながら、その男はそれを成したのだろう。これは完全に予想できなかった事態だった。つまり、その男は私の想像を絶する程の女たらしだったのだ。


 そして私は術を失敗し命を失った――。




 私の訃報を聞きつけて集まってくれたのだろうが、棺の周りでは私が愛した女性達の言い争いが収まりそうにない。


 血は争えないな……。




 ――おしまい。




◇ ◇ ◇

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