第11話 異世界駅とオリエンテーション
――当列車は目的地に到着いたしました。皆様お忘れ物の無い様、ご注意ください。
「おい、もう着いたぞ。いい加減起きろ」
様々な国の言語で繰り返されるアナウンスを聞きながら、隣で未だに眠っている隆二を文字通り叩き起こす。
「ん?ああ、もう着いたんだね。ごめんごめん」
そう言いながら隆二はアイマスクとイヤホンを外すと、大きく伸びをしながら立ち上がった。
「優里と由夢は問題ないな?」
そう問いかけると、二人はやや緊張した面持ちで頷き返してくる。
「それじゃあ俺が先に降りるから、隆二達は後ろからついてきてくれ。後優里と由夢は余り肩ひじ張らずに異世界を楽しむ位で、丁度いい。一日気を張り続けるなんて、お前らにはまだ無理だから、必要な時は俺が言う」
そう言うと二人は一瞬キョトンとした顔をしたが、少し和らいだ表情で敬礼した。
「了解、兄さん」
「わかりました、教官」
「ふあぁ、僕は君の判断に全て任せるよ」
投げやりな隆二の反応に若干イラっと来ながらも、先頭切って最後尾座席の直ぐ後ろに有る扉を開けると、列車から下りた。
列車を下りてまず視界に入るのは、ドーム状に作られた天井全面をクリスタルにした事により歩くたびに僅かに色合いが揺れる不思議でかつ開放的な駅舎と、その中で繰り広げられる数多の種族が入り乱れた物産の販売競争だった。
「ドワーフ特製の銀細工が、今なら安いよー」
「エルフが作った木製のお守り、残り在庫僅かだよ!」
「キャットシーが作った本物そっくりの猫耳、今ならペアで買うとお得だよっ」
そんな声がそこかしこから幾つも上がっている。声の中には彼らが販売しているものを値切る客の声や、普段なかなか見かけることの少ない、自分の住処から滅多に出ないと言われているホビット族などと交流を持つために、貿易の話を持ち掛けている商人の姿などもちらほらと見かけることが出来る。
「わぁ……」
「凄い……」
初めて見る光景に一瞬目を奪われた様子の二人だったが、直ぐに思い直したのか真面目な顔を作るのをみて、俺は敢えて特に何も言わなかった。
『アドバイス等はしてあげないのですか?』
「そんなもの、した所で何の意味もねぇよ」
相棒が二人には聞こえない様に問かけてくるが、付け焼刃のアドバイスなんてした所で何の意味もない事は俺が身をもって知っている。それよりは、二人がこれまで学園で学んできたことに賭けた方が余程ましというモノだ。
『そんなものでしょうか?』
相棒はやや納得いってなさそうな声をしていたが、それを俺は聞き流す代わりに、何時でも二人のフォローへ入れる様に適度に体の筋肉を解しつつ、荷物の受け取り口に向かって歩いていく。
「この後は予定通り、ホテルにチェックインした後、夕方から行われる晩餐会に向けて部屋で準備するんでいいのかい?」
予定で決められた事を改めて確認してくる隆二の言葉に、これまでの護衛中に起こった様々なトラブルを思い出しつつ、憎まれ口を返してやる。
「何もトラブルが無ければな」
「りょーかい」
そんなやり取りをしている間に、隆二は自分のスーツケースを見つけたのか、タグを持って引き換えに向かうのに、後ろから付いていく。
『何かトラブルが起こりそうな口ぶりですね?』
「起こらないと思うか?」
『……まぁ、小さなトラブルは覚悟した方が良いでしょうね』
目の前を歩く隆二に聞こえない位の小声で会話した俺と相棒は、隆二の楽しそうな笑顔を見てため息を吐く。
「何故教官たちは、トラブルが起きると思うんですか?」
右横に立っていた由夢が不思議そうな顔で、俺の顔を覗き込んで来る。
「アイツは異世界人からも、地球人からも、散々恨みを買ってるからな……」
異世界の魔法技術を転用して生み出した魔法器を、地球人に売りつけたかと思えば、地球人が使用している魔法器の問題点とその対策について、平気で異世界に売りつけるような輩だ。恨みを買わないわけがない。
そもそもアイツは自分のボディーガードになった場合は、破格の待遇を約束すると公表しているのに、未だに専属のボディーガードになる人間が居ないことが、全てを物語っているだろう。俺だって本来なら、この男のボディーガードなど一時的にしろやりたく無い。
「お待たせしたね、それじゃあホテルに向かおうか」
「あぁ、だがその前に――何時まで付いてくるんだ?おたくら」
そう言って後ろを振り返ってみれば、ガタイの良い男二人を連れた老人が立っていた。
「はて、なんの事を言っているやら……たまたま同じ道のりだっただけじゃが?」
「本気で言ってんのか?……由夢、あのご老体が列車下りてから俺達を見ていた時間は何%になる?」
この中で間違いなく一番索敵能力が高い由夢に尋ねると、即座に答えが返ってきた。
「全体の83%です……残りの17%も私たちの事を確認できそうな場所に居る人たちを見ていることが確認できてます」
「なっ……」
老人は唖然とした様に目を見開くが、その反応も由夢を知らなければ当然だろう。彼女は指に嵌めた6個で一対の魔法器を使い、常に多角的に周囲を観察している。通常時は2つの指輪を主に使用して3つの視界……360度を見ているだけだが、戦闘時には小型機を展開して最大7つの視界を同時に把握する。
「で……でたらを言って居る。そもそもお前たちこそ、ワシ等に言いがかりを付けるなど、何様のつもりじゃっ」
老人がヒステリックに騒ぎ出すと同時に、後ろで控えていた男たちが内ポケットに手を入れ様としたのを確認して優里の方を見ると、頷き返して来た。……ちゃんと冷静に周囲を確認できてるな。
「やめた方が良い……俺は、老人は労わる主義なんだ」
「何を……?」
俺がそう言った所で、老人は後ろ二人の異変に気付く。黒服の男たちは本来老人が気を引いている隙に、内ポケットに持った魔法器を展開する予定だったのだろうが、俺達を舐めすぎだ。彼らが内ポケットに入れようと動かしていた腕は、優里が即時展開した透明なワイヤーによって、空中で固定されていた。
「もう一度だけ忠告する、この場からさっさと失せろ。優里も放してやれ」
そう言うと最初は老人が初めに背を向け、続いてワイヤーから解放された黒服の男たちが背を向けると、脱兎のごとくその場を離れていった……あの動きからして老人は見せかけだけで、中身は30台位のおっさんだろうな。
「兄さん、追わなくていいんですか?」
「まだ、索敵範囲内」
「いや、あんな雑魚は捨てておけ」
俺がおざなりに答えると、二人はやや納得いかなそうな顔をしたが、これ以上追っても面倒になるだけだろう……そう考えていた所で、背後から拍手が聞こえてくる。
「いやぁデモンストレーションとしては素晴らしい出来だ、ブラボー。シュンが強いのは当然だけど、お嬢さん達がここまで強いとは思わなかったよ」
そう言って白々しい笑顔を見せる隆二に、他の二人には聞こえない様に耳打ちする。
「白々しいぞ隆二、アレはお前の仕込みだろ?」
そう聞くと隆二は一瞬目を見開いて真顔になると、また気持ちの悪い笑みに戻った。
「流石はシュン、気づいてたんだね」
「当たり前だろ、いくら何でもお粗末に過ぎる。まぁお陰で、二人は適度な緊張感と自信がついたみたいだけどな……長官の差し金か?」
彼女たちには未だ実戦経験が無いため、いつ襲われるか分からないと言う緊張感が圧倒的に欠けていたし、それを差し置いても実戦で通用するだけの技術は既に持っているのだという自信も、持ってほしかった。そう言う意味では、今のオリエンテーションは丁度良かった……丁度良すぎたともいえるが。
「まぁそんな事は良いじゃないか、この後もちゃんと僕を守ってくれるんだろ?」
顔を近づけながらジッと見てくる隆二は、俺達を人の形をした魔法器の性能でも確認するかの様に、冷たい目をしている。
「任された任務は全力で成し遂げるさ……任務の範囲を出ない限りはな」
俺が隆二の視界を遮る様にして優里と由夢の前に立つと、気持ち悪いくらいに口角を釣り上げた。
「あぁ、やっぱり君は良いよ。そのまるで僕を信頼していない目、凄く欲しくなる……」
「生憎俺は誰の物になるつもりはねぇ、特にお前の物になるなんて真っ平御免だ」
手を振りながらさっさと先を行けと隆二に促し、初の実戦(演習)を終えて盛り上がっている優里と由夢に向かって声をかけた。
「初勝利して盛り上がる気持ちは分かるが時間の問題もある、ホテルに移動するぞ」
そう二人に声をかけると、二人からはいつもより子気味良い返事が返ってきた。
……まぁ、隆二の悪だくみも偶には役立つのかもしれない。
異世界は英雄じゃ救えない 猫又ノ猫助 @Toy0012
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