第9話 異世界停車駅
食堂での騒ぎから抜け出し、俺はクリーニングが終わったスーツ姿で、優里と由夢は訓練生用の軍服を着用して長官たちが来るのを玄関前で待っていると、1台の黒塗りの車が目の前に停車した。
丁度後部座席の扉前に俺たちが立っていたため横にズレると、中に一人の茶髪の男――ウンザリするレベルで知っている男が居るのが見えた。
「やぁ、会いたかったよシュン」
「護衛対象はまさかお前か?隆二」
両腕を広げながら下りてきた男――坂本 隆二に、俺は思わずため息を吐いた。
「その通り! そして赤羽中将にボディーガードを君にする様に頼んだのも僕だ! いやぁ、大量にお金積んだよね」
あははと笑いながら言う隆二に、俺は思わず頭を抱えたくなって来る。
この男は自称、俺の大ファンとか言う大変はた迷惑な男だ。実際、店を始めてから週に1度は来る常連客でもある。
そんなこの男の実態は、魔法器の部品を製造している会社の御曹司と言うのだから、俺の商売上、悪様に対応する訳にもいかず、大変始末に悪い。
「それで、今回は何で俺に一週間も護衛させようってんだ?」
「それはだね……」
隆二がその先を言おうとした所で、センタービルのロビーから長官と七海さんが出てくる。
「異世界で魔法器に関する技術発表会が有るんだとよ」
「そのとーり!」
いつも通りハイテンションな隆二に辟易しながら、俺は当然の疑問を投げかける。
「長官、コイツはこんなんでもIODの重要なスポンサーなんですから、俺達3人で護衛ってのは少なすぎませんか?」
そう長官に問いかけるが、横から割って入ってきた隆二がまるで分かってないとでも言いたげに肩を竦めて首を振る。……いちいち態度が腹立つ奴だ。
「ノンノン、それは違うよシュン。僕は大量の有象無象では、最強の個には勝てない事を知っているから君に頼んでるんだ」
そう言って俺の顔を覗き込んでくる隆二の瞳には感情の色が無く、まるで実験動物として見られている様で不快だ。
「生憎俺はそんな大層な人間じゃないし、そもそも俺の持論は"戦争は数だ"なんでね」
「んー、相変わらず僕と君の考え方は相容れないみたいだね」
そんな会話をしていると、突然横からわき腹を突かれる。
「なんだ、優里?」
そう聞くと、優里はなぜか俺の肩を引っ張って屈ませると、耳元に小声で問いかけてきた。
「兄さん、もしかしてあの人ホ……の人?」
耳に入ってきた内容に思わず目を見開きながら優里を見るが、その真剣な表情からするに真面目に聞いているんだろう。いや、本当に勘弁して下さい。そんな事言われただけで背筋が寒くなるから。
「ふざけんな、アイツはタダの変態だ」
『ちなみに、私は怪しいと思ってますけどね』
「やっぱり……」
いつも通り意味の分からない事を言い始めるポンコツと、何やら真剣な表情で悩み始める義妹に思わず頭を抱えたくなっていると、隆二が割って入ってくる。
「やぁやぁ、君が噂に聞くシュンの義理の妹の優里さんだね。僕らの業界では神に等しい君に会えて光栄だよ」
そう言って差し出された右手を優里は暫くジッと見た後、ゆっくりとした動きで手を差し出した。
「何時も私の、兄さんがお世話になってるみたいで、ありがとうございます。今後とも、良きご友人としての付き合いをして頂ければと思います」
「いやぁ、こちらこそ僕の親友が、義理の妹さんに迷惑かけてないか心配でしょうがないよ」
あはははは、と気持ちの悪い空笑いを浮かべている2人から若干距離を話しつつ、俺は気になってた事を長官に聞く。
「それで、俺は何の支度もしてないんだが、俺の荷物はどうなってんだ?」
「そこは安心してくれ、必要な物資は全部今夜宿泊予定のホテルに届けさせてある」
長官がそう言って笑うと、横にいた七海さんが申し訳無さそうに頭を下げてくる。
「本当に急な依頼になってしまい、申し訳ありません」
「いやいや、七海さんは悪くないでしょ。悪いのは殆ど養父と……依頼してきたあそこの馬鹿だけで」
七海さんが改めて頭を下げてくるのを、俺は慌てて押しとどめた。
「おっと、そろそろ任務開始の時間だな」
長官がそう言いながら冊子を渡してくるので、相棒が表示した時計を確認してみれば、時間は7:59を回っていた。幾ら民間協力者とは言え始めだけは、それらしくしておくか……そう思い、俺が姿勢を正したのを長官は確認すると、既に直立していた由夢と優里も含めた3人の前に立ち、訓示を述べた。
「08:00、本時刻を持って赤羽瞬元中尉、赤羽優里訓練生、後藤由夢訓練生の3名に坂本 隆二氏の護衛任務を言い渡す。詳細な予定については今配布した冊子を確認されたし。諸君の健闘に期待する!」
「「「はっ」」」
3人揃って敬礼すると、長官は威厳ありそうに頷いた。……今更この3人の前で威厳を出すのが不毛だと言うのは、黙っておこう。
「話は終わったかな? それじゃぁ、北区画に有る門に直ぐ行こうか。次の列車、8:30発でしょ?」
長官達から即座に踵を返し、そう言って我先にと歩いて行く隆二の後を慌てて追いかける。……背後で長官が何やら由夢に叫んでるが、無視だ。
「そう言えば2人はどれ位、北区画に来たことがあるんだ?」
勝手知ったる風に正しい道順を歩いている隆二は数十回を超えてるだろうし、俺にしても同様だ。
「わたしはキチンと整備されてからは、片手の指に収まる程度でしょうか」
「私は整備されて以後、一回も中に入ったことがありません」
2人の回答に一瞬驚くが、考えて見れば北区画が今の形に整備されたのは本の2、3年前の話で、その頃には既にIODの附属に入ってた2人は、殆ど入る機会が無かったのだろう。
「それじゃあ由夢は中の光景に驚くだろうな」
「はい、父さんにもそう言われたので、とても楽しみです」
そう言って小さく両手を握り締める由夢を見て、改めて2人の親子関係が良好なのだと実感する……ウチとは大違いだな。
「おーい、遅いぞ君達ー。早くしないと僕だけで乗っちゃうよ」
坂を登った先で手を振ってくる隆二に、思わず苦笑いしながら追いついて見れば、何度見ても圧巻の煉瓦造りの建物が見えて来る。
大きさ自体はセンタービルとは比べるべくもないが、そのレトロでモダンな外観は、古き良き時代の建築を反映していた。
「とても綺麗な建物です……」
そう言って由夢は感情表現が苦手なりにも感動しているのが感じ取れるが、北区画――異世界門発着駅の凄さは外見だけじゃない。
「中、入るぞ」
いつまでも立って見てそうな由夢の背を軽く押しながら中に案内してみれば、「わぁ……」と言葉を無くしているのを聞いて思わず口が綻んでしまう。
駅の内部に入ってみるとまず目に入るのは、天井にはめ込まれた美しいステンドグラスの数々。丁度時間帯が良いお陰で外からの陽光が降り注いでる様は、とても幻想的な光景だ。続いてそこから視線を下に下げて見れば、数多の国々から取り寄せた数々の名画や彫像が所狭しと並べられている。……その様はまるで世界屈指の美術館のようだが、コレは異世界から来た人々に地球の芸術を知ってもらう――権威を示すためと言われている。
「楽しむのは帰りにしないと、アイツに置いて行かれるぞ」
『隆二さんはまるで芸術に興味無さそうですからね…マスターもですが』
「お前は一言余計だ」
相棒の憎まれ口に返答しながら、感極まって見てる由夢と、そんな由夢を見て微笑んでる優里を急かしながら、1人だけ勝手に歩いて行ってる隆二を追いかける。
「さて、僕はこれからスーツケースを預けるけど……君達は手ぶらかい?」
不思議そうな顔をする隆二に、優里がご心配なくと手で制する。
「私たちの分は既にホテルへ送ってますので」
「成る程ね、それじゃあ先にホームに向かっていてくれないか?荷物検査の間、僕も少し会社に連絡などしておきたいしね」
「分かった。それじゃあ08:15にホームで落ち合おう」
そう言って俺達は、一旦分かれる事にした。
「そんなに時間も無いですが、あの方は大丈夫でしょうか?」
やや不安そうに優里は時計と、荷物検査に向かった隆二の後ろ姿を見るが、その心配は不要だろう。
「荷物検査と言っても利用者が極端に少ないからな、早い時は数秒で終わる。どっちかと言うとさっきのは、俺達と一時的に離れる為の方便だろ」
そう言うと、優里は苦い顔をした。
「それが分かっててワザワザ行かせたんですか、兄さんは?」
「まぁな、別にここで誰かに襲撃される訳もなし、関係無いところでは好きにさせるさ。それにこっちも肩肘張り過ぎると、疲れるだけだ」
そう言うと、優里はやや顔を赤くして俯いた。訓練でも良く、適度に肩の力を抜けと言われていたのを思い出したのだろう。
「優里先輩、ホーム行きましょう?」
珍しくソワソワしてる由夢が手を握りながらそう言うと、優里も顔を上げた。
「そう……ですね!兄さん、私達はココについて詳しく無いんですから、エスコートは頼みましたよ?」
気持ちを入れ替えたのか、途端に元気になる優里に思わず苦笑するが、義妹のためだ、乗っといてやるか。
「ヘイヘイ、分かりましたよお嬢様方」
そう言うと、胸元からボソリと声が聞こえた。
『……シスコン』
「だから、違えって言ってんだろ!」
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こんにちは、作者の猫又ノ猫助です。
本日は、「魔法器は平和な未来の夢を見る」を読んでくださっている大変ありがとうございます。
現在最新話まで見てくださってる方には大変恐縮なのですが、第1話から第3話を中心に変更を加えたいと考えています。
大筋の話の流れを変えるつもりは無いのですが、作者自身が感じているストーリーのテンポが悪いと言う悪癖が強く出ていると感じたため、大幅な編集を加えようと考えた次第です。
毎日更新が滞る可能性が多大に在りますが、平にご容赦頂ければと思います。
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