第6話 義妹と教え子
「入れ」
長官がそう言うと、二人の制服を着た女学生が部屋に入ってくる。
「ってやっぱり、優里と由夢かよ」
良く見知った顔が協力者として現れた事に安堵した一方で、別の不安が首をもたげてくる。朝の件も有り、この2人では自分自身の身を守る事が出来るのかと言う不安点が一つ、そして2人とも特殊な出生から既に現場を知ってはいるものの、まだ学生であるというのがもう一つ。
「兄さん、何ですかその目は。やっぱりわたし達が協力者では不満ですか?」
俺が納得いっていない事を察したのか、不服感を出しながら首を傾げて問いかけてくる義妹に、ため息を一つすると返答してやる。
「不満は無いが、不安は在る」
『マスターはシスコンですからね』
「うるせぇぞ、ポンコツ」
根も葉もないことを言い出すポンコツを指で弾くと、長官が咳ばらいをして皆の注目を集める。
「優里君と由夢には既に言っておいたが、今回の任務はこの三人でスリーマンセルを取って実施してもらいたい。何ぶん特殊な任務のため正規隊員を選抜する訳にもいかず、学生の2人には大きな負担に成るだろうが、2人以外に頼める人材もいないからな、宜しく頼む。あと早速で悪いが明日から任務に取り掛かってもらうため、8:30にはセンタービル前に集合しておく様に。何か質問が在るものは居るか?」
長官に優里と由夢は敬礼で返すが、俺は挙手をした。
「なんだ?瞬」
「もし、もしもの話だ。マイクの娘か2人、どちらかしか助けられなかった場合の優先順位はどうするんだ?」
我ながら、意地の悪い質問だと思う。優里は俺の義妹でかつ、長官からすれば上官の娘だ。由夢に関しては、基地内でも有名な程に溺愛している養子だ。情だけで言えば、見知らぬ他人の娘より2人の方が優先順位は高いだろう。加えて……言いたくは無いが、日本政府としてはマイクの娘が秘密裏に死んでくれるなら、それはそれでいいのだろう。だからこそ、この優先順位はハッキリさせたかった。
「……当然、ターゲットの娘が全てにおいて優先される。それは、お前に護衛させる人物よりも優先すべき事柄だ」
長官は一瞬目を瞑った後、唸る様な声でそう吐き捨てて、俺を睨みつけた。
「了解、分かりましたから、そんな睨まんで下さい。物事には優先順位を付ける、軍隊では当然の事でしょう?」
敢えて俺は軽薄な笑みを見せると、長官は目を反らして頬をかいた。若くして妻を亡くし、実子が居ない長官に対して、由夢を失う可能性が在ることを聞いのは、酷だったか。
「まぁ、安心してくださいよ。2人は傷一つ無く送り返します、俺の命に代えても」
そう見栄を切ると、胸元から声が上がった。
『……マスターが傷物にしなければですが』
「ちょっ、Sevenさん!?」
唐突に相棒がぶっこんで来た下ネタに焦っていると、ガッと正面から肩を捕まれる。長官、顔近過ぎ……てか肩、肩モゲル。
「信頼、してるからな?」
「りょ、了解であります。長官殿っ」
そう言って俺はここ数年で最も真剣に敬礼すると、逃げる様に部屋を出た。続いて背後から2人分の足音が聞こえて来る。
「そう言えばもう今日は遅いけど、俺ってこのまま一度家に戻らんといかんのか?」
時計を見てみればいつの間にか時間は20:30を示しており、これからの帰りと明日またここに来ることを考えると面倒くさい……。そう思った所で、七海さんが此方に近づいて来るのが視界に入った。
「皆、お疲れ様。赤羽さんには来賓用の部屋を13Fに用意してますが、この後優里ちゃんと一緒にSevenさんの調整するんですよね?明日の集合時間は把握してますか?」
「大丈夫です、七海さん。今日はお世話になりました」
「いいえ、全然大丈夫です。では、私はこのあたりでお暇しますね」
俺達が終わるまでは別の仕事をしてたんだろうが、わざわざ確認しに来てくれた七海さんの後ろ姿に頭を下げる。
「ねぇ、兄さんはもう夕ご飯食べました?」
ツンツンと俺の脇腹を突く優里の指を払いのけながら、首を横に振る。
「いんや、まだだ。二人は食ったのか?」
「私たちもまだです、教官」
「んじゃ今度は、このビルの地下の食堂行くか」
昔と比べればやや抑揚が付くになった由夢の声に、口の端を上げながら、地下に在る食堂行のエレベーターがある方へ足を進める。
「そう言えば二人は、これまで何してたんだ?」
「わたし達は学校終わった後は、工房にずっと居ましたよ。ね?由夢ちゃん」
「優里先輩とずっと居ました」
幼いころから知ってるからだろうか、人と壁を作り一定以上人を近づけない優里と、感情表現にやや乏しく取っ付きにくい部分が在る由夢だが、二人は姉妹の様に仲がいい。実際歳も優里が16、由夢が15で近いのも良いのだろう。
エレベーターを待つ2人の距離も、心なしか近い気がする……まぁ女学生なんて、講義に行くときしか見ないから知らんけど。
「だが、優里の工房行っても、由夢はツマランだろ……」
学園の敷地内に設けられた優里用の工房は、国内屈指の魔法器調整用の設備が整えられている。世界の中でも5人と居ないS級マイスターである優里の設備は、その道のプロからすれば垂涎の代物だろうが、その方面に関しては一般的な学生レベルの由夢には何がなにやらだろう。
「私は優里先輩が作ってる作品を見てるだけで、楽しいので大丈夫です」
「……良く出来た妹だよ、由夢は」
「?妹では無いですよ、教官」
『シスコンが行きすぎて、由夢さんにまで手をだそうとしてるなんて……後藤大佐に報告しますね』
「Sevenさん、それだけは本当勘弁してください」
首を傾げる由夢と、何故か上機嫌そうな優里と一緒にエレベーターに乗って地下へ向かい、食堂に到着して辺りを見回すと、既に人はまばらになっていた。
「もう遅いし、かけ蕎麦でも食おうと思うが、お前らどうする?」
「わたしも兄さんと一緒でいいです」
「私もお蕎麦で」
『では私はトロピカルゴージャスパフェでいいですよ』
「分かった、なら俺が2人の分取っとくから、座ってていいぞ」
そう言うと俺は二人が4人席を取るのを確認しながら、蕎麦の受け取り口に向かう。
『マスター、私の分は?』
「お前食えないだろ……蕎麦3人前で」
くだらない事を言う相棒に素気無く対応しながら、食堂のおばちゃんに注文すると、あっという間に蕎麦が出来上がっていく。
「あいよ、3人前お待ち」
「どうも」
二つの盆を手の上に、一つは右上腕と手に持った盆で挟みながら、談笑している2人の表情を見ると、俺と2人の時より由夢の表情が柔らかい事に、若干釈然としない物を感じながら優里の隣、由夢の斜め前に座る。
「ありがとうございます、兄さん」
「申し訳ありません、教官」
「気にするな。そう言えば、由夢は長官と一緒じゃなくて良かったのか?」
今更ながらそんな疑問を感じるが、由夢は首を横に振った。
「父さんは仕事が忙しいので、朝食と休日以外は別々で食べるんです」
「それでも朝食は一緒に食うあたり、長官の意地を感じるな」
朝食を由夢と一緒に食べるために仕事に追われる長官を思い浮かべ、思わず苦笑しながら蕎麦を啜ると、横から腹を突かれる。
「なんだよ?」
「啜り上げて食べるなんて下品ですよ、兄さん」
「はっ?蕎麦は啜るものだろうが」
そう思いながら由夢の方を見ると、啜る音所かそれ以外の音さえ一切立てずに食べていた……。駄目だ、由夢は全く参考にならない。
「じゃあお前はどうやって食べんだよ。見ててやるから、やってみ?」
ジッと形の良い優里の唇辺りを見ていると、頬が若干赤みを帯びてきている様な気がする。
「わ、分かりました。ちゃんと見ててくださいよ?こうやって……」
優里は箸をゆっくりと丼に入れながら、適量の麺を掴むと、スルスルと口に含んで行き――チュルッ。
「おい、今音鳴んなかったか?」
そう問いかけると、明らかに頬を赤くした優里がそっぽを向く。
「……鳴ってません」
「本当かぁ?」
グイっと近づいて顔を覗き込もうとすると、優里から腕で押し返される。コイツ、義妹の癖に生意気な。
「鳴って無いったら、鳴ってません!」
「いぃや、鳴ってたな。絶対鳴ってた」
手で兄妹で押し合いながら不毛な攻防をしていると、コトッと丼を机に置く音がした。
「ご馳走様でした。――二人とも、麺が伸びてしまいますよ?」
「「……すいません」」
兄妹二人で由夢に頭を下げると、由夢は不思議そうに首を傾げていた。
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