178話 黄金郷へ

「…何か言いたい事はある?」


静寂に包まれた戦場にシスの声が響き渡る。


「…悪かった」

「…それだけ?」


増援の竜種を狩り尽くした冒険者達は既に帰路に就いている。

そんな中、私だけが正座で取り残され、彼女が仁王立ちして腕を組んでいた。


「竜種なら死ねるかなと思ったんですよ?」

「へぇ」


私の嘘に反応して、彼女の額に血管が浮く。

冷めた視線が身体を貫いた。


「竜種を殺せるかなって期待しました…」

「…クソ野郎ね」

「本当にすいません」


もう何も言えない。


「だいたい何よ?あたしが死ぬと殺せるって」

「ほら、シスが死ぬと魔素を喰うって言いましたよね?」

「…あんたやっぱ頭イカれてるわね。そんな憶測で口の中に放り込むの?」

「実際に効果はありましたよ?殺せませんでしたが…」


言い訳にも似たその言葉にシスの目が更に細くなる。


「…ほんと、こいつは…」


呆れたのかシスは深い息を吐いた。


「あんた悪いって本気で思ってるの?」

「まあ、その…少しは…」


あまり取りたくない手段であったのは確かだ。

だが、取らざるを得ない状況だったのだ。


反省はしないが、合理的な理由を除き感情的に考えるならば良心の呵責がないわけではない。


「少しね、ふぅん」


私の返答を鼻で笑い飛ばす。

答え方を間違えたのだろうか…。


「まあ、その方が良いわ」

「良いのです?」

「その方があたしを殺してくれそうだもん」


シスは腰に手を当てて、私を見下ろしながら笑みを浮かべた。


「死ぬ事には慣れてるわ。ただムカついただけ」


ガツッ


彼女の右足が私の身体を捉える。


「あんたって本当にクソね」


伝え方が悪かったのだろう。


「おいおいシス君、どんなプレーだい?」


そんな中、紫煙を吹き出すゼクスが近づいてきた。


「クズに説教してるの」

「ははは、竜殺しもシス君には頭が上がらないのか」

「…色々とあったんですよ」


そう言うとゼクスは竜種の死骸に目を向けた。

既に血も流れつくしたそれは骨に皮を纏い不気味な沈黙を保っている。


「あれには価値がないのかね?」

「肉は食べれたもんじゃないそうですよ」

「皮もね」


人族なら何かしらの価値を見出してくれるかもしれないが、残念ながらここは魔族の勢力圏だ。


「それでやつらは早々に帰ったってわけか」

「私達も帰りますかね」

「「はぁ」」


疲れたなと思い呟いた一言に二人が同時に溜め息を吐く。


「シス君、彼はいつもこうなのかい?」

「じゃなきゃ、こんなとこ来ないわ」

「…なんですか?」


含みを持たせた二人の物言いに尋ねる。


「あんた黄金郷の事、忘れてるでしょ?」

「竜種が残ってないかも、見てきてくれたまえ」

「…ああ」


竜種との戦いで満足してしまい、すっかり忘れていた。


「今からですか?」

「シス君」

「そのうち冒険者が探索に行くでしょうね」

「…なるほど」


ゼクスを見れば満足げに頷いている。


「俺達が見たのはあっちだ」


彼は黄金郷を見た方角を指差す。


「あんたの好きな歓楽街を買い取れるんじゃないの?」

「…ふ」


シスの軽口に思わず笑みが溢れた。


「歓楽街は好きですけどね」


それが乾いた心を癒すわけじゃない。

ただ僅かな時間、忘れさせてくれるだけだ。


本当に欲しいものは金でもない。

もう失ってしまったのだ。


「なら良いじゃない。さっさと行くわよ」


そう言うとシスは竜種の屍を超えて行く。


「早くしなさいよ。あんたが盾になるんだからね」

「はいはい…」


私は曖昧な返事をするとシスの背を追いかけるのだった。

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