179話 在りし日の君

緑生い茂る森の中。

樹々の隙間から差し込む木漏れ日が心地よく降り注いでいる。


竜種の生息地として有名らしいが、それを示すように幅広い獣道が続いており、踏み固められた植物が無造作に伸びていた。

そんな道を黙々と進んでいく。


「どれも同じに見えますね」


目印になる建物があるわけでもない。

ただ同じような景色が続いていくだけだ。


「…静かね」


横を歩くシスは周囲に警戒を向けている。


「竜種も魔物の姿もありませんね」


見晴らしの悪い道を暫く歩いたが、一度も魔物に遭遇することはなかった。

時折姿を覗かせる獣達は、すぐに森の影に消えて行く。


穏やかな緑の香りが小鳥の囀りと共に吹き抜けるだけだった。


「……」


そんな中、シスが足をピタリと止める。


「…どうしました?」


何か見つけたのかと周囲を観察するが、それらしき姿も見つからない。


「…なんだろう?変な感じがする」


視線をある方向に向けシスが呟く。


「変?」


特に何もない。

変わらぬ森の光景が続くだけだが。


「…分かんない」

「…行ってみましょうか?どうせ、どこも森ですし」

「…そうね」


頷くと再び歩き出し、シスの指し示す方角に向かった。

草木をかき分けて暫く進むと、それは突然視界に現れる。


「…あれは」

「城壁?」


人工的に築かれたであろう石造りの城壁が樹木の間に薄らと姿を見せていた。


「魔族の都市に城壁はあるのです?」

「見た事ないわ」


人族の都市だろうか?

こんな場所に?


首を傾げながら、城壁に向かって歩き続ける。


「確かに城壁ですね」

「…黄金じゃないわね」


右手に伝わる冷たい石の感触を確認しながら、目の前にそびえ立つ城壁を見上げる。


横を見れば少し先に城門のようなものが見える。


そこに向かって進むが、巨大な扉は堅く閉ざされていた。

周りに広がるのは鳥の囀りだけが響く殺風景な森だ。


「こっちは入れるみたいよ」


シスが傍に備え付けられた詰所の扉を開く。

中を覗き込むが人の姿はなく、人一人が通れる程度の真っ暗な空間が広がっている。


「私が先なんですよね?」

「…当たり前じゃない」


呆れ顔のシスに促されるように中へと入る。

右手から灯りの魔法を放出すると細い通路が照らし出された。


「…罠があっても避けようがありませんね」

「だから、あんたが前なのよ」

「…でしょうね」


苦笑いを浮かべながら、通路を進むとその先に眩い光が溢れ出す。

出口らしいその先に足を踏み出すと、


「ママ、これ買ってー」

「ごめん、ごめん、待ったかな?」

「今日は誰に賭けるか?」

「しかたねーな、果実酒でも奢ってやるよ」


行き交う人々の喧騒が木霊し、その中心に私はいた。


「…え?」


思わず振り返るが、そこに広がるのは往来する人々と街の光景だった。


…え?


呆気に捕われる私に通りすがる人々が奇異の視線を送ってくる。

小さく尖らせた耳はハーフエルフの特徴を現していた。


「こんなとこで立ち止まってたら危ないぞ」


一人の男がすれ違いざまに声をかけてくる。

それは人族の言語だ。


「ここは…」


シスを探すが、その姿は見当たらない。

私は戸惑いながら、周囲に合わせるように歩き出した。


「……」


懐かしい匂いだ。

懐かしい光景だ。


あの店はもう無くなったはずなのに。


歩みを進めるほど、かつての思い出が甦る。

思わず込み上げてくる感情を胸に、自然と足は一つの場所に向かっていた。


それは旧貴族街と呼ばれる場所だ。

それなりの身分の者しか入れず、それを示すように入口には守衛が立ち塞がっている。


「…どうぞ」


だが、彼らは私を見ると静かに扉を開いた。

その先には今よりも背の低い建物が並んでいる。


「…はは、なんなんですかね…これは」


そして、進んだ先には見慣れた像の代わりに懐かしき噴水が姿を覗かせていた。


「……」


あり得ない景色を見せられながら、無意識に周囲を探し続けていた。

行き交う人々の中に、あり得ないものを期待していた。


「……」


そして、背後に視線と気配を感じるとその人物は立ち止まる。


心臓の鼓動が速まる。

呼吸が乱れ、息苦しい。


…あり得ないだろ。


だが、期待と希望を抱いて振り返る。

そこには、


「そなた、遅かったではないか」


在りし日の君がいた。



イメージ図

https://kakuyomu.jp/users/siina12345of/news/16817330669287845383

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