176話 敗北の予感

深く息を吸えば身体中から悲鳴が聞こえてくる。

骨が数本折れているのだろう。


「…ふぅ」


魂の器に魔力を注ぐと全身に張り巡らせる。

やがて、痛みは和らいだ。


「どこまでやれるかな」


ここからは綺麗な戦いじゃない。

だからだろうか、自然と笑みが零れてしまう。


私を囲む竜種から巨大な魔弾が放たれる。

それを縮地で避けると、一体に狙いを定めてその大木のように太い脚に右手を添えた。


ガガガッ!


至近距離で撃ち込むが、近くの竜種から巨大な炎が放たれる。


…耐えるんだ。


ドゴォン!!


ガガガガガガガッ!!


「ッ!」


竜種の攻撃が直撃し、身体に衝撃と激痛が走る。

それに耐えながら、銃口を向け続ける。


ギャオォオオ!!


そして、防御を貫通された竜種は片脚を吹き飛ばされるとバランスを崩して倒れた。


「次だ!」


圧倒的な体格差だが、その分小回りが利く。

群れに飛び込み、その片脚を次々と撃ち抜いてゆく。


その都度、巨大な尾で薙ぎ払われ、魔弾の直撃を食らう。

皮膚は焼け焦げ、全身に激痛が走った。

それでも倒れる事なく、転がる竜種の頭部に銃口を突きつけた。


「はぁはぁ」


ガガッ!!


頭を吹き飛ばしては次へ、次の竜種に…。

その数は半分ほどに減っていた。


「…まだ半分かよ」


周囲の魔素をかなり消費していた。

相変わらず燃費が悪いのが欠点だ。

そんな愚痴をこぼす暇もなく目の前に巨大な腕が迫る。


ドオオォン!


「ッ!?」


意識が朦朧としてきた頭がそれを認識した時には、既に身体は大きく吹き飛ばされていた。

そのまま地面に叩きつけられて倒れ込む。

立ち上がらないといけないのはわかっていたが、身体はすでに限界を迎えていた。


…ああ、死ぬかも。


まだストックはあるが、いくつか消費する覚悟が必要だろう。

動かない身体で思考だけは冷静に働く。

だが、そんな身体が不意に持ち上げられた。


「いつ呼ぶのよ?」


声に視線を向ければ私の肩を担ぐシスの姿。


「…忘れてました」


…怒られるだろうなぁ。


「まったく…逃げるわよ」


呆れる彼女の顔を見ながら、冷静な頭が警告する。

竜種の群れがこちらに魔弾を放とうとしているのを感じる。


——あたしは死なないの


都合がいい事にやつらは一箇所に集まっていた。

単独撃破を本能的に警戒しているのだろうか。


「…この位置なら」


魂の器に魔力を流し、最低限動けるように身体の回復を促す。


「シス…」

「なによ?感謝の言葉なら、」

「すみませんね」


その言葉を遮り、縮地で彼女を抱えて飛ぶ。

次に見えた景色は、大きな口を開け砲撃を放とうとする竜種の群れの前だ。


「死ねるか試してみましょう」

「…え?」


私は彼女をその大きく開いた口の中へと投げ込む。

シスが困惑の表情を浮かべながら、宙に舞った。


「え?え?」


そして、


ギャオォオオン!!


咆哮と共に様々な魔法が放たれた。

彼女はその弾幕に全身が飲み込まれ消し飛ぶ。


「……」


だが、


「まったくどういう原理なんですかね」


ギャオォォ…


シスを放り込まれた竜種の口から黒い霧が吹き出すのが見えた。

その黒い何かは身体を包み始める。

まるで繭のように。


ギャオォ…


それが何かは分からないが明らかに異常だ。

近くにいた竜種にも纏わりつこうとする。

危険を察知したかのように群れが散った。


「逃がしませんよ」


ガガガガガガカッ!!


そのはぐれた一体に狙いを定めて、横っ腹を撃ち抜いた。

鳴り響く銃声、散らばる血痕。

黒い霧から逃れようとする竜種とそれを撃ち落とす私。


…あと2体。


ギャオォオオ!!


暴れながら魔弾を放つが、その全てを回避すると頭部を撃ち抜いた。

力なく倒れ伏す竜種。


…あと1体。


そして、最後の一体を視界に捉えようとした時、黒い繭が鈍い音を立てて突き破られる。


「なっ!?」


ギャオォ!!


現れたのは身体中から血を吹き出し、歪な形へと変形した竜種だった。


…なんでも喰らい尽くせるわけではないのか。


しかし、ダメージを負っているのは明らかだ。

閃光のように瞬動すると、腹に銃弾を撃ち込んだ。


ギャオオオオオオッ!!


血飛沫と共に悲鳴があがる。


「はぁはぁ」


だが、身体に力が入らない。

魔力が限界を迎えたのだ。


「…くそ」

 

すぐ近くでは、黒い霧が集まりシスの姿を形成しようと蠢いている。


あと1体…。


ギャオオオオン!!


朦朧とする意識の中、目の前の竜種が咆哮する。


そして…。


「おいおい、嘘だろ…」


——竜種の楽園。


後方の森から多数の竜種が姿を現した。

最悪だ。


…死んだな。


そんな気持ちに反して、不思議な事に自然と笑みが浮かぶ。

 

周囲の魔素は薄まり、体内の魔力は使い果たしているのに。

魂魄魔法で復活したとしても、残機が尽きるリスクは冒せないのに。


——魔大陸に行けば、全力が出せるかもしれませんね


「…はは」


そうだ。

初めて全力を出せたのだ。

そして、それでもなお届かなかった…。


「…お伽噺の英雄のようにはいかないな」


どうやら、ここまでのようだった。

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