175話 黄金郷

「見ての通りよ」


シスは両手を上げて肩をすくめてみせる。


「みたいだな。まさか君も逃げてきた口かい?」


彼は紫煙を燻らせながら、問いかけてくる。


「あたしはどっかの誰かが馬鹿な依頼を受けたせいでついてきただけ」

「…はは」

「…依頼ね」


ゼクスは肩を竦め、再び紫煙を空に向けて吐き出す。


「まさか魔族の冒険者だったとはな」

「竜種の討伐を頼まれましてね」

「冒険者…連れてきたよ」


少女の言葉を聞いて、ゼクスは思案するように地面に視線を落とす。


「ふむ…では、案内しよう」


そう言うと、背を向け歩き出した。


「スラム街は全滅したのですか?」

「スラム街?ああ、教皇様の気まぐれで綺麗さっぱりさ」

「相変わらず逃げ足だけは早いのね」


少女に手を振りながらシスが呆れた声を上げる。


「金の問題はないはずだったんだが、ついてくるやつらが多くてね」


ゼクスは廃墟に目を向ける。

そこには怯えながらも物陰に潜みこちらの様子を窺う逃亡者達の姿があった。


「この人数には土地が必要だ。ここがちょうど良かったんだが、問題があってな」

「それが竜種ですか…」

「他になかったの?」


私の後にシスが続く。


「そいつは逃げた先で考えようじゃないか」


転移門があるから逃亡自体は容易な事だろう。

それなら…


「なぜ、まだここにいるんですか?」

「そうだな…」


彼は振り返ると、私を見る。


「黄金郷を見たと言ったら信じるかい?」

「…黄金郷」


——さっき聞いたんだけど、黄金郷があるらしいよ


「その話、本当?本当に本当?」

「シス君、俺と君の仲じゃないか」


シスの追及に彼は煙に巻く様な表情で答える。


「竜種を狩るなら、それを餌に冒険者を釣った方が良かったんじゃないですかね?」

「はは、そいつらは俺達に分前をくれるか?ここで生きてくなら金が必要だ」


…なるほど。

欲しかったのは無欲な冒険者か。

竜種なんて怪物に挑む馬鹿が欲しかったのか。


「冒険者が見つからなかったら、逃げるつもりだったんですね?」

「ああ、そうだ」

「黄金郷の存在を知ってるのは、あなただけですか?」

「あとは数人。森に狩りに出た時に竜種に襲われてね。逃げてる途中に見たのさ」


つまり冒険者が見つからなかったら、黄金郷の情報はいつかの為に秘匿するつもりだったという事か。


「…私は上手く釣れたという事ですか」

「その答えはこの先に待っているだろう。上手くいったらこの村の再建に力を貸してくれたまえ」

「…まあ、黄金を運び出すにも人手が必要ですしね」


目の前には外へと抜ける洞窟が見えている。


…竜種の群れか。


あの硬い防御を貫くには一点集中する時間が必要だ。

複数体を相手にそれが出来るのだろうか?


はは、死ぬかもしれませんね。


思わず笑いが込み上げてくる。


「…シス、私が呼んだら出てきてくれませんか?」

「なんでよ」

「ちょっと顔を出してくれるだけで良いので」

「…良いわよ」


怪しむような目でこちらを見つめながらも、彼女は同意した。


「では、行ってきます」


私は洞窟へ飛び込むと、外へと駆け出る。

樹々の隙間から差し込む光と、それを遮る無数の影。


…1、2、3


数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの群れだ。


「全力だ…」


両目に魔力を込め、右手に意志の剣を宿す。

一番近くにいた竜種に縮地で距離を詰めると、その横っ腹に銃口を添えた。


ガガガガガガッ!!


凄まじい銃声を轟かせ、断末魔と共に撃ち抜く。


ギャオォオオ!!


異変に気づいた周囲の竜種が一斉にこちらを見る。

その口々から様々な魔力の塊が放たれる。


ドオオン!!


火柱とも氷結波ともとれるその攻撃が地面で炸裂した。

私はそれを躱すと、次の竜種に向けて距離を詰める。

そして、ガラ空きの胴体に向けて引き鉄を引くのだが…。


ドゴォン!!


「ぐッ!」


轟音と土埃を巻き上げながら宙を舞い、地面に転がりながら受け身を取る。


「…嫌な予想通りか」


一体一体ならやれるが、複数となると邪魔が入る。


「なら…」


光をイメージする。

全てを消し飛ばす浄化の光だ。

あのガーディアンの集団を消滅させた魔法。


「消し飛びな!」


ドゴーンッ!!


明確に言葉でイメージした巨大な光の柱が貫く。

それは樹々を焼き、轟音と共に周囲の竜種を光の中へと消していく。


だが、光が降り注ぎ終わった次の瞬間、私の身体に衝撃と痛みが走った。


「がはッ!?」


巨大な質量に吹き飛ばされるとそのまま地面を転がり続ける。

見上げれば噛み砕こうと迫る大きな顎があった。


「無傷かよ…」


悪態をつきながら、辛うじて躱して距離を取る。


「さて、どうしようか」


樹々が消し飛び、クレーターのように広くえぐれた中心で私は無数の竜種に囲まれていた。

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