174話 開拓村へ

「はぁ!?あんた馬鹿ぁ!?」


シスの罵声が響く。

彼女が声を荒らげるのも無理はない。


「その銅貨、あたしが拾ってきたゴミじゃない」

「ゴミって…」

「お兄ちゃん…」


不安げな少女を見て、ため息をつく。


「ただ楽しそうだと思っただけですよ」

「…楽しそうで受ける依頼じゃないでしょ」

「シスはここにいて良いですよ。危険でしょうからね」


私は笑いながら、手をあげるとそのまま歩きはじめた。

彼女はそんな私の背中を見つめながら、


「…はぁ。良いわよ。どうせ死ねないんだから」

「ついてくるんですか?」

「あんたといると、退屈だけはしないわね」


鼻で笑いながらついてくるシスに肩を竦めてみる。


「さて、道案内はできますよね?」

「うん、転移門はこっち…」


迷路のような都市の中で、彼女の案内だけが頼りだ。


「どうして、魔族の都市にいるのです?」

「スラム街から逃げ出した…」

「…逃げ出す?」

「うん、みんな死んだの」


淡々と語る言葉。

出会った時から、この少女には感情の欠落を感じていた。


「…教皇」


最後にスラム街を見た時の光景を思い出し呟く。


「そういえば燃えてたね」


シスはどうでもよさそうに言う。


「ここから来た」


入り組んだ路地をいくつか曲がると、少し開けた場所に魔法陣が描かれている。


「デボン行き…ね」


シスが立札に書かれた言葉を見て呟く。

なるほど、転移門で都市間を繋いでいるのですね。


慣れた足取りで、私達はそれを潜る。


すると景色は瞬時に移り変わる。

視界に入ってきたのは青い屋根の家と大通りに沿って立つ商店の数々。


大都市からのどかな都市へと一変したのだ。


「逃げたみんなで、北を目指した」


少女はまた歩みを進めると、淡々と語り始める。


「北を目指したけど、住める場所がなかった。ううん、あそこしかなかった」

「竜種の楽園ですか」

「魔族の言葉がわかる人、少ない…」


そう言いながら、また次の転移門を潜る。


「わたし少し言葉がわかる…だから、行かされた」


…行かされたか。


「でも、どこの冒険者ギルドも助けてくれない」


サリエルと呼ばれる都市を通りすぎながら、私達は進む。

そして、また転移門を潜るとグランマと呼ばれる都市に辿り着いた。


「あそこに比べると田舎ですね」


共通するのは地中に都市があるという事くらいだろうか。

見上げれば、見慣れた無数のレンズが日の光を散乱している。


「ここから徒歩で移動ですか?」

「ううん、こっち…」

「まだ歩くのぉ?」


うんざりといった顔で、シスが喚き出す。

そんな光景に苦笑しながら、私達は街の外周部へ続く道を歩く。


やがて、古ぼけた立札の前で少女が立ち止まった。

目の前には見慣れた魔法陣だ。


「ここから行くの」

「…閉鎖中って書いてあるよ?」


シスは訝しげな表情で立札を見る。


「誰も読めなかったの。ただ開拓村なら、ここだって…」

「騙されたんですかね?」


もっとも騙す利点がなさそうだが。

私は立札を眺めながら、一歩を踏み出す。


「まあ、行けばわかりますね」


そして、魔法陣を踏んだ瞬間、それまでの景色が一変する。

そこはよく見る魔族の都市だった。


ただ周囲は薄暗く、見上げれば光を散乱していたレンズはひび割れている。

建物は倒壊しており、廃墟が連なっていた。


「これは酷いですね。竜種にやられたのです?」

「ううん、あいつらは外だよ。最初からこうだったの」


少女の言葉を聞きシスも周囲を見まわす。


「放棄された都市って感じだね」


ズズゥ


重たい音を立てながら、地面が揺れる。

空からはパラパラと土が落ちてきた。


「…なんですか?」


地震とも違う空間の揺らぎに眉を顰める。


「化け物に襲われてるのさ」


その声に振り向けば、廃墟の奥から見覚えのある男が姿を現した。

煙草に火を灯し、紫煙をくゆらせながらフラフラとこちらへと歩いてくる。


「よぉシス。酒は持ってないか?」

「…あんたもいたんだ」


それはスラム街の協力者、ゼクスと名乗った男だった。

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