173話 銅貨1枚の依頼書

ギルドの最奥にゆらゆらと紫煙が立ち登る。


「転移門を3つ抜けた先の北東の村ね…」


何かを思い出すように、リアは紫煙の行方を見つめる。


「デボン…サリエル…グランマ…あなたの通った都市はこれ?」

「……」


ゆっくりと言葉を並べ、問いかける。

少女は静かに首を縦に振ると肯定の意思を示した。


「…竜種の楽園じゃない」


薄く笑いながら、机の引き出しを開けると1枚の銅貨を置く。


「ふふ、あんな場所に開拓村を作るなんて…」


そう言いながら、1枚づつ銅貨を積み重ねていく。

冒険者達は興味を失ったようで、既に別々の席で雑談をしている。


だから、私だけ彼女と視線が重なったのだ。

目でこちらに来るよう促される。


「…何か?」

「…聞いてたな?」

「竜種の群れですか」


楽しそうだとは思うが、さすがに群れを相手に戦えるかはわからない。


…むしろ、死ぬかも?


「金にはなりそうもないですね」


薄汚れた茶髪の少女に目を向け呟く。


「お…お兄ちゃん?」

「…ん?」


少女の口から発せられた言葉に首をひねる。

お兄ちゃんという事は知り合いだろうか?

いや、覚えがないが…。


その青い瞳を見つめる。


——俺はお兄ちゃんだ。間違えるなよ


「…ああ」

「知り合いか?」

「いえ、まあ、そうですね」


私のあやふやな答えに、リアは訝しげな表情で見つめてくる。


『お兄ちゃん!助けて!』


人族の言語と同時に少女が抱きついてくる。

その言葉を聞いた冒険者達はいっせいにこちらへ視線を向けた。


「話し方がおかしいと思ったが人族なのか」


紫煙を吐き出しながら、彼女は呟く。


「人族はどういう扱いになるのです?」

「別に?ただ珍しいだけだ」


彼女はこちらへと視線を向ける事なく答えた。


『お兄ちゃん、わたし達の村が…』

 

それより疑問なのは、スラム街の住人の彼女がなぜ魔族の勢力圏にいるのだろうか?


「私達にわからない会話は他所でやってくれる?」


リアの声が冷たく響く。


「…そうですね」

「それより…」


彼女は紙に何かを書き込むと、一枚の銅貨と共に差し出してきた。


「文字は読めないのですが…」

「その子の依頼書よ。報酬は銅貨一枚」

「…銅貨一枚?」


差し出された銅貨を手に取る。

見た事もない紋様が刻まれた硬貨。


「古いお伽噺よ。金のない女の子が一枚の銅貨でお願いするの…故郷を取り返してとね。まるで今と同じね」

「この銅貨はそんなに価値があるのですか?」

「あるわけない。それでも、少女は銅貨を貯めていった…いつか、いえ…」


リアは新しい煙草に火を灯す。

紫煙が私の顔の近くを燻った。


「その子の話が真実なら、そこは竜種の楽園と呼ばれる未踏の地よ。誰も手出しが出来なかった」


机の上に積み重ねられた銅貨。

彼女はそれを見つめながら、


「あなたは、たった一枚の銅貨に命を賭けれるのかしら?」


私に問いかけた。


馬鹿馬鹿しい問いだ。

…だが。


「竜種の楽園が、そのお伽噺の依頼に繋がるんですかね?」

「ああ、竜種を駆逐しない限り終わらないな」


彼女は煙草の煙を深く吸うと、ため息をつく。


「…こんな依頼、受ける馬鹿はいないよな」

「……」


薄汚れた銅貨に視線を向ける。

このお伽噺は…。


彼女と茶髪の少女を交互に見る。


…はは、冒険者らしい楽しそうな依頼じゃないですか。


「良いですよ」


私はその銅貨を手に取った。


「そのお伽噺の続きを考えておいて下さい」

「…ふふ、そうしておこう。竜殺しが銅貨一枚で依頼を引き受けたってな」


まるで少女のように無邪気に微笑む。


「さあ、案内してもらいましょうか」

「お兄ちゃん、ありがとう」

「…どこ行くのよ?」


茶髪の少女と歩く私にシスが声をかけてくる。


「簡単な仕事を受けただけですよ」

「ふぅん、なら、あたしも行くわ」


そして、私達はギルドを後にした。

 

残されたリアは、机に並べられた銅貨の数だけ依頼書を書き綴る。


——そんな金で命が賭けれるかよ?


「ああ、そうだな」


——頼るな、魔族なら戦え


「ああ、そうだ」


——銅貨?今更なんの価値があるんだ?


「…ないな」


——良いですよ


「はは、単独で竜種を殺せる化け物が…たった一枚の銅貨で…ふふ…ははは…」


リアは依頼書を嬉しそうに見つめていた。

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