172話 強さとは…

「…強いってなんでしょうね」

「何よ?嫌味?」


ギルドの一角で、葡萄酒を片手にシスは興味なさげに頬杖をつく。


「いえ、わからなくなったんですよ」

「そうねぇ、大金を稼いだら可愛い美少女に貢ぐ優しさとか?」

「…はは、それは残念でしたね」


竜種の討伐にどれくらいの評価額が下されるか楽しみにしていた数刻前。

そして、期待に反して0リンと判定されたのだ。


驚きと共に抗議の声を上げるが、竜種とはそういうものらしい。

過去に遡れば狩られる事もあったが、多大な犠牲と共にようやくの話。

 

単独で討伐となると、それこそ純血種が生きていた時代…つまり割に合わないのだ。

死骸に価値があるかと言えば、肉は不味く、あの異常な硬さの外皮も失われる。


…はぁ。


「…旅に出ますかね」

「なによ、急に。あんたならもっと稼げるでしょ?」


その言葉におどけながら肩をすくめて答える。


「ガラクタ拾いに雑魚狩り…何が楽しいんですか?」


そんなのは、ただ息をしているだけだ。

あの退屈な毎日と何も変わらない。


「神殿よ、神殿」


彼女は迷う事なく答えを返してくる。 


「何百年かかるんですかね?」


あの広大な廃墟から、あるかわからない手がかかりを探すのだ。

それは学者の領域だろう。


「じゃあ、あたしを殺しなさいよ」

「…はは」


まったく無理難題を言ってくれる。

愛想笑いを返しながら、葡萄酒を一気に飲み干す。


ギィィ


ギルドの扉が軋む音を上げ、不意に視線を奪われた。

この場に似つかわしくない少女の姿。


手入れのされていない茶色く長い髪。

生気すら乏しい青い瞳。


「…幼い外見程ヤバいか」


だが、カウンターへ向かう疲れ切った足取りからは魔力が感じられなかった。

着ている服もボロ切れに近く、冒険者にも見えない。


「おいおい、身体を売りに来たのか!?」

「やめとけ、壊れちまうぞッ」


——ここは舐められたら終わりなのよ


魔力の感じられない少女に下品な言葉が投げかけられるが、彼女は顔色一つ変えずに受付に並ぶ。


「なんだい?」


受付嬢が紫煙をくゆらせる。


「…依頼…に来た…」

「クククッ、身体と交換なら俺が受けてやるぜ」


酒に酔った冒険者が立ち上がり彼女の前へと向かうと、その細身の腕を掴む。


「私が話してるんだ。邪魔するなら殺すよ」

「…わ、悪りぃ」


彼女の気だるげに放たれた一言に冒険者が後退りすると、大人しく引き下がる。


「それで魔道具の買取依頼か?」

「…村…助けて」


拙い言葉が、か細い声で耳に響く。

どうやら見た目通り弱り切った身体で依頼に来たらしい。


…面白い。


私はカウンターへ顔を向けると、新たに注がれた葡萄酒を口につける。


「依頼金を払えば、そこに貼ってやろう」

「…依頼…金?…お金?…ない…」

「…話にならないな。それなら身体でも売りな」


リアは追い払うように手をふる。

少女は俯くと黙りこんだ。


「よう、話を聞いてやろうじゃないか」


そんな中で下品な野次を飛ばしていた男が少女に声をかけた。


「…話?…本当?」

「ああ、身体で払ってもらうぜ、へへ」


少女の身体を舐めるように見つめる。


「…竜種…群れ…襲われた」

「竜種かよ…」

「ふふふ、そんなガキを抱いて死にに行くのか?」


絶句する男にリアから笑い声が漏れる。


「身体…売る…助けてくれる?」

「……」


男から下品な笑みが消える。

周囲からはいつの間にか視線が集まっていた。


「悪りぃな。出来ねぇ依頼の代金は貰えねぇ」

「クズを叩き出さなくて済みそうだな」

「「はははッ」」


周りの冒険者達から笑い声が上がる。


「それにしても、竜種の群れに襲われる村か。どこから来たんだ?」

「…どこ?…転移門3つ…北東の村…最近移り住んだ」

「…はぁ、なんだってそんなとこに」

「……」


黙る少女に対してリアは紫煙をくゆらせる。


「…もうそこしか…帰る場所…ない」

「そこしか…ね」


少女の言葉に、彼女は煙の先を目で追いながら言葉を漏らすのだった。

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