169話 迷宮とガーディアン

大昔は華やかな庭園だったのだろう。

今では窓辺から見える風景は枯れた蔓と雑草に覆われた荒れ地と化していた。


そんな枯れた景色を眺めながら、


「ここは他よりも魔素が濃いんですね」

「そうみたいね」


周囲を漂う魔素に視線を送る。


「そういえば、転移門からこんなに近いのになぜ未踏破なのです?」

「転移門はいくつもあるからよ。進んではまた作る。ギルドの管理じゃないものもたくさんあるらしいわ」


つまりここは最前線という事なのだろうか。


「だから、あたしにもここが旧都のどこかなんてわからない。ただ七百年近くかけて進んだのが、ここって事だけね」


彼女は退屈そうに外の景色に目を向けている。

そんな素振りをぼんやり眺めていると、


「…うん?」


濃い魔素の揺らぎを感じた。


「隠れて…」


何かを察したレベッカは私に壁際によるように視線を向けてくる。


「あれは…」


窓辺の隙間から見えたのは、先程のガーディアンだ。

それも一人や二人じゃない。

数え切れない程の影が現れ、朽ちた庭園を彷徨っている。


「近くに迷宮があるのね…」


私の隣で目を細めたレベッカがボソリと呟く。


「なんですか?それは?」


意味はなんとなくわかるのだが、ガーディアンとの関連がわからなかった。


「風の噂よ。ガーディアンは迷宮から生み出されるってね」

「…迷宮と言えば、魔物なのでは?」

「そうね…あたしもそう思っていたわ」


私達は外の光景を眺めながら会話を続ける。


「迷宮とは何か知っているのです?」

「あたしの故郷では、神が作った試練だとか神が管理しているとか言われていたわね」


遠い昔を懐かしむようにレベッカは目を細める。


「神ですか…魔大陸に来てから良く聞く言葉ですね」

「あら?信じていないのかしら?」

「いえ、何かがいるのでしょうね」


——その答えを知る為に冒険者はいるの


カミラの言葉が脳裏を過ぎる。


「…楽しそうね」

「ええ、ちょっと狩りをしてきます」

「…あたしは死にたくないんだけど」


レベッカが呆れた顔を向けてきた時だった。


「ねぇねぇ!だいたい拾い終わったよ!」


2階から大袋を持ったシスが現れ、目を輝かせて叫ぶ。


「ちょっと…」


嫌な予感にレベッカは苦笑いを浮かべる。

そして、その期待を裏切る事なく、


「わっ!?」


シスは階段を踏み外したのだった。

ドゴドゴと転げ落ちる音が静寂を切り裂く。


バリーン!


館に視線を向けるガーディアンと、それを合図のように窓を突き破る私。

視界には紋様を浮かべる複数の少年。


「少しは楽しませて下さいよ!」


放たれる漆黒の光を弾き、魔力を込めた右腕を胴体に叩き込む。


グチャッ


それは予想以上に簡単に潰れ、少年は崩れ落ちた。

そして放たれるワンパターンな光の束。


「またかよッ!」


飛び退く勢いで背後にいるガーディアンに裏拳を打ち込めば頭部が吹き飛んだ。


辺りを見回せば、数十体のガーディアンの姿。

だが、濃密な魔素が身体中を駆け巡り、気持ちを昂らせる。


こんなものではないと…。


「ふふふ…」


私は光をイメージする。

全てを消し飛ばす浄化の光だ。


遠い昔に見たそれに濃密な魔素を込めると、


「…消し飛びな」


次元魔法を発動させた。


ドゴーンッ!!


そして、神の裁きのような巨大な光の柱が朽ちた庭園に降り注いだ。

震える大気が大音響を奏で、草木を焼くように消滅させる。

ガーディアン達も同様に光の中で姿を保てず霧散してゆく。


一筋の光が小さくなり、再び訪れた静寂の中、私だけが佇む。

大地は窪み、焦土と化していた。


そんな光景を満足気に眺める私に、


「…あんたねぇ」


レベッカが呆れた表情で肩を叩いた。


「終わったの?」


私の力を見慣れているシスは大袋を背負い楽しそうに尋ねてきた。 


「…ええ、たぶん」


両目に魔力を込め、周囲を見渡す。

そして、先程より濃度の下がった魔素は一つの違和感を伝えてくる。


「この奥に何かありますね」


その方向へ足を向け歩き出す。

やがて見えてきたその先は地面が隆起し、大きく口を開いていた。


「迷宮…ね」


そんな光景に目を奪われていると、レベッカは神妙な顔でそれを見つめている。


「この穴がです?」

「中が明るいよね?迷宮の特徴よ」


彼女の言う通り、洞窟のような内部の外壁が光を放っていた。


「お金になるのかな?」

「下手に入らない方がいいわよ。帰ってきた者はいないらしいから」


シスの疑問に答えるように、レベッカは険しい表情を浮かべる。


「何があるかわからないって事ですか」

「ええ、旧都で魔素を利用して何かをしていたって事だけはわかっているわ」


…旧都の遺産と言う事ですか。


「おそらくもう制御が出来ていないわ。迷宮の暴走が竜種を生み出したなんて言う研究者もいるのよ」


レベッカの言葉に迷宮の内部は怪しく瞬く。

獲物を飲み込まんとする口に、得も言えない気持ちの悪さを感じた。


「…やめときましょう」


擬態された経験もあるのだ。


「なら、帰ろうよ。お宝いくらになるかなぁ?へへへ」


シスは締まりのない笑みを浮かべると、私達は来た道を引き返すのだった。




 

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