170話 夢

紫煙が立ち昇る。

真昼間だというのに、酒と煙草の匂いが漂う空間で騒ぐ男達。


天井に吊り下げられた光源はチラチラと店の中を揺らめきながら照らす。


そして、壁に貼り付けられた依頼書に群がる屈強な戦士達。

私は遠い昔を懐かしむようにそれを眺めていた。


「…どうしたの?」


受付嬢からギルドカードを受け取ったレベッカが首を傾げる。


——嬢ちゃんの言う冒険者ギルドもあるのかもな


「いえ、冒険者ギルドなんだなって思いましてね」


もっとも魔族の文字が読めない私には、何が書いてあるかはわからなかった。


「終わったわ」


受付嬢は紫煙を吐き出しながら、カードをカウンターに置く。

彼女はリアという名らしい。


カードの残高は…。


「ははは…」


その桁数に言葉を失ってしまう。

思わず笑みがこぼれる私に、


「ねぇねぇ、お兄ちゃん。お宝の査定に時間かかるって言うし、こっちはあたしの取り分でいい?」


シスが上目遣いで尋ねてきた。


「…良いですよ」

「やったぁ」


充分、豪遊できる金額なのだ。


「ねぇねぇ、銅貨ってこれよね?」


シスがカウンターの上に2枚の銅貨を置く。


「ああ、そうだ」

「高額買取なのよね?あれだけ探して2枚しかなかったんだから」

「いや、私の心象が良くなるだけで価値はない」

「え?なによ、それ…」


シスは不可解な表情を浮かべた。

だが、受付嬢は意に介さず、


「私の心象は重要だぞ。買取価格に響くからな」


笑みを浮かべる。

そして、私の方を向き、


「それにしても、それだけガーディアンを倒して1000万なんて随分下がったものだ」


皮肉めいた笑顔で紫煙をくゆらせた。


「下がった?ギルドの査定ですよね?」


まるで相場を知らないような言われように、首を傾げる。


「…知らないのか?これを」


彼女は珍しい物でもたように、目の前の箱型の魔道具に指を差す。


「ギルドカードを差し込んでましたね?」

「ああ、これが勝手にやってくれる」


…勝手に?


「どういう仕組みなのです?」

「知らないな。昔からあるものをただ使ってるだけだ」


…なるほど。


つまりこれは失われた技術という事なのだろうか。


「下がったとはいつと比べてです?」

「さぁ?七百年くらいの間のどこかだろう」

「…七百年?」

「彼女は古参よ」

 

頭に疑問符を浮かべる私にレベッカが口を挟む。


「ほぅ?若く見える程、弱そうか?」

「……」


残念ながら、それ程強くは見えなかった。


「ふふふ…化け物の物差しでは大差はないようだ」


どうやら、妙なツボに入ったらしい。

そして、ひと頻り笑い終わるとリアはこちらへと瞳を向ける。


「一番強いからここに座ってるのだ。それとも、あんたが座るか?」

「受付嬢ですか?」

「仕事は見ての通り。報酬は稼いできたやつの3%」


それはなんて楽そうな…。

割合は低いが派遣の元締めのようなものか。


「あとはそう…ちょっとあいつらが厳しそうなら助けに行くくらいか」

「…面倒そうなので、やめておきます」

「ああ、そうか」


彼女は紫煙をくゆらせながら、つまらなそうに私を見つめた。


「よくそんな退屈で面倒そうな仕事ができますね」

「…故郷を取り戻す為だ」


そう呟いた彼女の瞳にはよく見知った光が灯っている。


「でしたら、少しは力になれそうです」

「はは、化け物は歓迎さ」


私は背を向けると、その言葉に答えるように右手を軽く上げる。


「化け物ね…」


気づけば冒険者達の視線が、こちらへと集まっていた。

その瞳に浮かぶのは畏怖だろうか。

横に並ぶレベッカに視線を向ける。


「ここでは、それなりに長いんですよね?」

「ええ、そうね」

「冒険者ってのは、タダ酒に弱いという認識で合ってます?」

「…ええ」


私の意図を察したのだろう。

彼女は笑みを浮かべた。


「皆さん、今日から少し世話になる新人ですが、宜しくお願いします」

「今日は好きなだけ飲んでいいらしいわ」

「「うおおッ!?」」


その瞬間、冒険者達から向けられる瞳から畏怖の色は消え去る。


——そんな冒険したかったな


遠い昔に思い描いた光景が、そこにはあった。

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