162話 魔族の都市

ガタンッ


重厚な扉が閉まると、静けさが洞窟内を包み込む。


「見ない顔だが、旅人か?」

「ええ」

「はは、それは運が良いのか悪いのか」


男二人は乾いた笑いを浮かべた。


「…悪いに決まってるでしょ?あんなの滅多に遭遇しないのに。あんた呪われてるんじゃない?」


シスは洞窟の隅に座り込みながら、私を睨みつける。

いつもの減らず口を叩く余裕が出来たらしい。


「神様に祈ってはいるのですけどね」


…限定的ではあるが。


「どうせ、都合の良い時だけでしょ」

「……」

「おいおい、口喧嘩なら街に行ってからにしろ」

「はいはい、行くわよ」


シスは立ち上がり、膝に付いた砂埃を払うと先頭を歩き出す。

二人の男達に見送られながら、その後に続いて奥へと進み続けるとやがて巨大な広場に行き着いた。


「これが魔族の都市…」


あの洞窟内の街並とは比べ物にならない大きさの空間がそこには広がっていた。

あの街と同じように天井からは巨大なレンズが光を拡散し、空間を照らしている。

そして、近代的な建築物が建ち並んでいた。


「…ビル群」


何十階建かという高さのビル。

形状こそ独特なデザインをしているが、文明レベルがこれまでとは違う事が一目でわかった。


「凄い高さだね。初めて見た」


シスも同じように空を見上げながら呟く。

まるで田舎から出てきたお上りさんのように二人してキョロキョロと周りを見渡しながら歩く。


「ねぇねぇ、扉が勝手に開いてるよ」


人の出入りに合わせて開閉する自動ドアに、シスは興奮を隠せないようだ。


「あれは…エレベーター」


私はと言えば上下に昇り降りする構造物に視線が釘付けだ。

そんな時、


「観光かい?今なら安くしとくぜ」


馬車の荷台だけで構成された簡易な箱に乗る青年が私達に声をかけてきた。

先頭に座る青年の正面にはハンドルのような物が取り付けられている。


「まさか、馬もなく走る乗り物ですか?」

「ああ、高かったんだぜ?この魔道具」


それは原始的な車だ。

窓ガラスもなければ、屋根もない。


「乗ってみたい!」


シスは目を輝かせて後部座席に座る。


「俺はリック。観光で回るなら3万リンで良いぜ」

「…そうですね」


カードで金を払い、シスの横に座る。


「まいどありー」


リックは軽く礼を言うと、アクセルを踏み込んだ。


ブルンッ


車輪がゆっくりと動きだすと、程なくして速度を増して加速していく。


「もっとゆっくり走りなさいよ!見えないじゃん!」

「悪い悪い。初見さんはこの加速で喜ぶんでな」


加速を緩め、徐行しながら移動を始める。


「悪くない乗り心地ですね」

「だろ?」


上下に揺れる振動を抑えるのに、それなりの技術がいると聞いた事がある。


「魔道具と言いましたが、旧都からです?」

「ああ、この街はみんな旧都の遺産で出来てるのさ。他の都市とは違うだろ?」

「ええ、そうですね」


他の街など一つしか知らないが適当に相槌を打っておく。

流れていく景色にふと見覚えのあるモチーフが映り込んだ。


「あれは冒険者ギルドですか?」

「ああ、お嬢ちゃん達は近寄らない方がいいぜ。物騒なやつらばっかだからな」

「へぇ、そうなんだぁ」


シスは含み笑いを口元に浮かべる。


「かんら…飲み屋街はどこです?」

「それならこっちだな」


リックはハンドルを切ると脇道へと入っていく。


「あんた、ほんとクズね」

「…はは」


彼女の言葉を否定できずに苦笑いを浮かべる。


「飲み屋街なら、この辺りだぜ」

「…なるほど」


ゆっくりと流れる景色を脳裏に焼き付けていく。

それからもシスの余計な口出しやリックから他愛もない街の情報を聞きながら、観光は続いた。


「あたし、お腹空いたなぁ」

「それなら、良い店を知ってるから任せな。酒も飲めるぜ」

「酒場ですか?」

「ちょっと俺には上品すぎるけど、あんたら金持ちなんだろ?」

「どうしてそう思うのです?」

「あはは、勘だよ、勘。それなりに長くやってるからな」


豪快に笑うリック。

そして、一軒の店に到着した。


「また使ってくれよな!」


彼はそう言うと颯爽と車を走らせ消えていった。


「確かに高そうな店ですね」


黒と白を基調とした落ち着いた外観。

ショーウィンドウのワイン瓶に光が反射して美しく輝いている。


「えへへ、お金はあるもんね」


ああ、7割持っていかれてたんだったな。


浮かれた足取りで店の敷居を跨ぐシスに、溜息混じりについて行くのだった。

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