161話 黒い死神

翌朝。

日が昇ると同時に広場から延びる山道を、人々が一斉に降りて行く。

私達も人の波に乗るように山道を降り始めた。


「山頂の割に温かったですね」

「誰かが魔道具を持ってきたんでしょ」


言われてみれば確かに、ドーム状に空間を遮断するような領域に覆われていた。


「便利な魔道具があるんですね」

「たぶん、旧都が近いのよ」

「…どういう意味です?」


知識の足りない言葉に、彼女は溜息を吐きながらも、


「大災害って聞いた事ないのよね?」

「ええ」

「北に魔族の旧都があるらしいよ。今よりずっと栄えてたんだって」

「…北?竜種がいるという?」

「だから大災害。えへへ、冒険者はそこから旧文明のお宝を拾ってくるの」


シスは楽しげな笑みを浮かべている。


「あのギルドでは誰も教えてくれなかったな」

「…常識だからに決まってるじゃない。馬鹿なの?」


呆れ気味な呟きを聞き流し、黙々と歩けば傾斜が緩やかになっていく。

やがて、茶褐色の大地が姿を現した。


「随分と見晴らしが良いですね」

「旧都に近い程、土地が枯れてるんだって」


山頂から溢れ出していた人々が散り散りになっていく。

私達と同じ方向へ向かっているのは、数十人程度だろうか。


装備から判断して、そこらにいる一般人とは違う事はすぐにわかる。

彼らは目を合わせる事もなく、粛々と歩を進めていた。

 

暫く進んだ時、その中の一人が遠くの平野に何かを見つけたようで、慌てたように指を差した。


「ガレイだ!」

「「!?」」

「…うん?」


私以外の全員が驚愕の表情と共に目を見開き、示された方角を見る。

そして、次の瞬間には全速力で走り出した。


「…え?」

「ちょっと!何ボサっとしてるのよ!」


平地の先に浮かぶ黒いモヤ。

それを眺めて取り残された私に、シスが振り返り近づいてくる。


「馬鹿!死にたいの!?走って!」

「死ぬ?あれはなんですか?」

「ガレイよ!」


頭に疑問符が浮かびながら、それから逃げるようにゆっくりと駆け出した。

背後を振り返れば、黒いモヤが先程より大きく…いや、こちらに迫っていた。


ブブブゥゥン


そして、羽音のような風切り音を発している。


「!?」


目を凝らすと、黒だと思っていた塊が小さな蟲が渦巻く何かだと気がついた。

背筋に嫌な汗が滴る。


「あれに捕まるのは嫌…身体の中まで入って食いちぎられる…」


シスは珍しく青ざめた表情で、恐ろしい事を呟いている。


「…それは最悪だな」


私は後ろに振り向くように大地を蹴ると、右手を砲のように向けた。


ギィィィィィ


圧縮された魔力に大気が揺れる。


ズドォォォン


そして、右手から放たれた光弾は蠢く黒蟲の群れを撃ち抜いた。


「……」


一瞬の間が生まれるが、何事もなかったかのように空いた穴が黒い煙をあげながら元通りに埋まっていく。


「無駄よ!すぐに分裂して元に戻るって!」

「…最悪ですね」


ゴォォォ


試しに火炎の渦を舞わせてみたが、どうやら生半可な火力では簡単に再生されてしまうらしい。


「嫌!嫌!あれに食べられるのはもう嫌!」


悲痛な叫び声を上げるが、蟲達の方が速度が早いようだ。


「はぁはぁ…クソ!装備を間違えた!」


そして、先に駆け出していた男が息を切らして私達に追い抜かれる。


「ク…クソ!ぐッ!がッ!?」


やがて、黒い群れが追いつき取り込むようにして男の身体に這い回ると、その隙間から藻搔く腕が暴れる。


「ぎゃああああああああああ」


阿鼻叫喚が周囲に木霊する。

そして、白い骨だげが茶褐色の大地に転がった。


「うわぁ…」


その最悪な死に様に思わず顔をしかめ、口を開いてしまう。


「はぁはぁ…嫌ぁ」


シスは絶望的な状況に悲観する。

そんな彼女の手を掴み、


「…飛びますよ」


私は視界の遥か先に焦点を合わせると転移魔法を発動させた。


次に見えた景色に一瞬だが息を飲む。

視界に入り込んできたのは、遥か向こうに広がる平野を覆い尽くしている蟲達だった。


「連続で飛ばないと逃げれそうもないですが、どこに飛べば…」


先に逃げ出した者達が一人二人と黒い群れに飲み込まれて行く。

私は魔力の波を見晴らしの良い大地に放つと、


「…あっちか」


足の速い者達が逃げ込もうとしている先に無数の魔力反応を見つけた。

だが、その巨大な反応に反して、荒野には何もない。


「シス、魔族の都市は地下にあるのです?」

「そうだよ!早く逃げよ!」


なら、怪しいのはあの小山か。

それは小さな岩山だ。

シスの手を握ると、そこに視線を合わせ魔法を発動させる。


「…ッ!?」


それは当たりだったようで、鉄のような扉と二人の男が驚いた表情で出迎えた。


「転移魔法か…ガレイが来る!入るなら早くしろ!」


その声に促されるまま扉をくぐり抜けると、男がすかさず扉を半分閉めた。

遠くから黒い影が迫っている。


「待て!閉めるな!閉めるなよ!」


やがて、先に駆け出した何人かが飛び込んで来た所で、重い門が閉じられた。

どうやら間一髪で命を拾えたらしい。

だが、壁の向こうからガンガンと叩く音が聞こえて来る。


「他へ回れ!この先にまだ入り口はある!」


逃げ遅れた者達に、男が声を上げ促す。


「こんな扉一枚で大丈夫なんですかね」

「そう思うなら、早く奥へ行ってくれ。五重の扉になってるんでな」


なるほどと思いながら、辺りを見れば一人だけになっていた。


…薄情だな。


真っ先に消えたであろうシスに呆れつつ、奥へと進むのだった。


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