151話 冒険譚の主人公

あれから、ひたすら森の中を歩いていた。

見上げれば隙間から溢れる木漏れ日も、既に赤く染まりかけている。


そして、あの木樹の魔物や狼の魔物など森の狩人に度々襲われていた。


「わぁ、さすがだね」


シスは影に貫かれた狼の魔物を解体しながら、感心したような笑みを浮かべる。


「やっぱこれ便利…えへへ」


意識の剣を器用に使って彼女の何倍も大きい魔物の皮を剥ぎ、肉を削いでいく。


「それは美味しいのですか?」

「知らないわ。ってか、こいつ上位種だけど、どうせ知らないんでしょ?」

「…上位種?」


ただのデカい狼にしか見えない。


「はいはい、お兄ちゃんの常識のなさは何となく感じているわ。…こんな簡単に狩るなんて信じられない」

「私にはそんな器用に解体できるのが信じられないのですけどね」

「…前は五十年彷徨った…嫌でも覚えるのよ」


私が魔法で生み出した水で皮を洗うと、肉をその上に並べていく。


「血抜きすれば、焼いて食べれるよ」

「私は何をすれば良いのですか?」

「水ちょうだい。火も焚いてね。どうせ、料理なんて出来ないんでしょ?あと寝床も作りなさいよ」


乾いた笑みを浮かべながら、彼女の指示に従う。


やがて、夜が訪れた。

薄暗い樹海を照らすのは、ぽっかりと夜空に浮かぶ真紅の月と焚き火の灯りだけだ。


樹々が伐採され、見通しのよくなったその場所に土の家が建てられている。

…雨が降らない事を祈るばかりだ。


「壁で囲めない?寝込みを襲われたくないの」

「囲むだけなら…」


…ゴゴゴッ


地面を隆起させ、簡易的な城壁を形成。

効果は不明だが、シスにとってはこの方が安心できるのだろう。


「…懐かしい味ですね」


彼女が焼いた狼のステーキを食べながら、この雰囲気に既視感を覚える。


「食べた事あるの?」

「いえ、遠い昔…こんな風に旅をしたんですよ」


樹々の匂いが懐かしい。

夜の静けさが懐かしい。


あの頃と変わらない世界だ。

ただ…。


「…もう戻れないか」

「何よ?一人でぶつぶつ言っちゃって。意味わかんない」


肉を頬張るシスに目を向けると、白い眼が飛んできた。


——冒険譚の主人公みたいで、ルルは少し楽しいです


「…はは」

「キモいんですけど」

「冒険譚みたいで楽しいと思ってね」

「…そう?全然楽しそうな顔してないよ」


彼女は呆れた様子で、肉を焚き火で炙る。

…半生だったのだろう。


「これでぐっすり寝れる」


よく焼けた狼のステーキにかぶりつき、満足そうな笑みを浮かべる。


「あったかいお風呂にも入りたいなぁ。それで明日もお腹いっぱい食べて、また寝て…えへへぇ」


まるで夢でも語るかのような可愛らしい声色と冷めた眼差し。


「…クソったれ…いつまでも終わらない悪夢じゃない」


その言葉はか細い声で、夜の闇へ消えた。

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