152話 終わらない旅

翌日、私達はまた森の中へと歩みを進めていた。

日中でも薄暗い樹海。

鬱蒼と茂る枝葉の隙間から射し込む日差しが地面に描く大小様々な影。


「あー、疲れたぁ。もう歩きたくないぃ」


シスは愚痴をこぼしながら、子供のように不貞腐れた表情を浮かべている。


「登っているのですから、そのうち見晴らしの良い場所に着くはずですよ」

「あんたみたいな体力馬鹿と一緒にしないで。あたしはか弱い女の子なの」


そんな事を言い合っていると、前方に光が見えた。


「やっと抜けれるのね」

「…だといいんですけどね」


訝しみながら歩く私達。

やがて、光が溢れる空間に出た。


そこは崖の上。

樹海に遮られていた青空が視界一面に広がる。

その下には、どこまでも続く広大な緑の大地。


「…うわぁ、最悪。マジで森しかないじゃん」


シスのため息が、私の横で漏れた。


「未開の地なのは間違いないですね」


方角を確かめるように神々の境界線を探す。


…あれは。


遠くに巨大な壁を見つけた。

それは樹海の遥か先で、山より高く佇んでいる。


「…たぶん、ここ東の樹海だよ」

「では、あの壁の反対か南に進めば良いのですね」

「反対の方が確実だよ。海か魔族の街があるはずだもん」

「…なら、決まりですね」


その言葉を聞いて、シスは深いため息をついた。


「あたしはもう良いかな」

「…ここにいたいのですか?」

「違うわよ。どこに行っても終わらない毎日が続くだけ。お兄ちゃんもいつか死んじゃうでしょ?でも、あたしは死なない」

「…寿命が来るかもしれませんよ」

「寿命?そんなのほんとにあるの?あたしはずっと老いないままよ」


馬鹿にしたように笑うシスに微笑みを返す。


「…そうですね」


その気持ちは痛い程、理解できた。

私も長く生きすぎているのだ。


「…お兄ちゃんは何年生きてるの?」

「そうですね…二百年と少しでしょうか」

「うわぁ、あたしより年上じゃん。よく死にたくならないね?」


彼女は呆れたような顔をし、深いため息をついた。


「……」


死にたくならないか…か。

そんな事が頭に過った事もあった。


「なに黙ってるのよ?あんたも死にたいの?」

「いえ、今はこの冒険が楽しいのですよ」

「馬鹿じゃないの…こんな状況が楽しいなんて頭がイカれてるわ」


心底馬鹿にするような表情を浮かべる。


「そのイカれた頭なら、あたしを殺してくれる?」


笑みを浮かべたシスは、甘えるような視線を向けてきた。


「殺しませんよ」


その可愛らしい瞳に笑いかける。


「お願いしてるんだよ?あたしは終わらせたいの…このクソみたいな人生をね」

「殺しても死なないんですよね?」

「…お兄ちゃんなら、殺せそうだもん」


嫌な信頼だ。


「わかるよね?あたしは苦しいの。もう嫌なの。この森を抜けてなんになるのよ!」


その縋るような目を見ていられなかった。

まるで、いつかの自分を見ているようで胸が苦しくなるのだ。

そして、私の口は彼女の言葉を遮る。


「…わかりましたよ」


そう告げた瞬間、右手に魔素を込めて過去の自分を振り払うように薙ぎ払った。


ゴトッ


彼女の頭が地面に転がる。

表情を失ったシスの頭が目を見開き、鮮血が大地を濡らす。


「…痛みはないはずです」


そう呟き、彼女の死体を観察していると、また黒い霧が広がった。

周囲の魔素を取り込み彼女の中に消えると肉体は再生を始める。


「…あれ?」

「…殺したはずなんですけどね」


呆れたように私は溜息を一つ吐き出した。


「ほんとに?…ねぇ、今度はわかりやすくやってよ」

「…無駄な気がしてきましたよ」


原理はわからないが、彼女はやはり不死身なのではないかと確信している。

私は意志の剣を無数の銃口に姿を変え、彼女に向けた。


「次は痛いと思いますが、それでもやります?」


その脅しにシスは目を細める。


「…いいよ」


そして、身を委ねるように力を抜いた。

私はその瞳を見据え、魔力を込める。


無数の重い銃撃と鮮血。

肉片の欠片も残らない圧倒的な火力。


だが、それでも黒い霧と共に彼女は再び蘇る。


「…無理ですね」

「最悪…なんで死なないのよ!この馬鹿!」


シスは当たりつけるように怒鳴り散らす。


「なんで…なんで…」


そして、涙をこぼした。


「もう嫌…早く死にたいよ…」

「……」


彼女は私と違って、この先に希望がないのだ。

いや、私は自分が死ねると思っているから、希望があるのだ。


だから、


「いつか殺してあげますよ」


そんな事を言ってしまった。


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