150話 使徒

何もなかったかのように起き上がるシス。


「なにジロジロ見てんのよ」


そして、乱れた髪を整えながら悪態をつく。


「どんな原理の魔法なのです?」

「知らないわ。あたしが眠ってる間に何を見たの?」

「…魔素を喰ってた」

「なにそれ?」


その説明につまらなそうに呟く。


「意識してるわけじゃないんですね?」

「意識も何も寝起きの気分と一緒よ。…身体が怠いわ」


苦々しい表情を浮かべる彼女の肌は、血色の良い肌艶を取り戻していた。


「…何も覚えてない。死んで気がついたらあたしを殺したやつが消えてるの。…ただそれの繰り返しよ」


その瞳は遠くを見つめるように虚ろになっている。


「…使徒って何だろうな」

「知らないわよ。だけど、あのクソとは二度と会いたくないわ」


あのクソとは赤いクリスタルを指しているのだろう。


「あれに会いに侵入したんだろ?」

「ええ!あたしを殺してくれると思ったからよ!それなのにまた飛ばすなんて、ぶっ殺してやるわ!」


…二度と会いたくないのに、どうやって殺すのだろうか。

口の悪さに苦笑いを浮かべる。


「それにしても…」


周囲を見渡せば、深い森の中のようだが、不気味な程静まり返っている。


「…ここはどこなんだ?」

「どうせ、ロクでもない場所よ。あいつはあたしが必ず死に続ける場所に飛ばすクソ野郎よ」


必ず死に続けるか…。


まるで経験したかのように語る。

いや、実際に体験したからこその殺意なのだろう。


「その割には落ち着いてますね」

「…一人じゃないから」


ゆっくりと言葉を吐き出す。

その穏やかな表情は、悪態をつく姿とは別人のようだ。


「……」

「か、勘違いしないでよ!?あんたの強さを認めてるってだけ!…あ、あたしの壁としてこき使ってやるんだから」


珍しく顔を赤くし、まくし立ててくる。


「壁になるつもりはありませんが、助けてとお願いされましたからね」

「う、うるさいわね。あ、あれは忘れなさい!」


ぷいっと顔を背けてしまった。

珍しい反応だ。

恥ずかしがっている事が新鮮で、つい笑ってしまいそうになる。


「さて、飛びますか」

「飛ぶ?」

「転移魔法で帰るのですよ」

「どこかわからないのに、便利な魔法なんだね」


シスはホッとした表情を覗かせる。


さて…。


魔力の波を周囲に広げ、高密度の反応がないか調べる。

それを目印に飛べば、何かしらの集落に辿り着くと目論んだのだが…。


…うッ!?


まるで光の中に飛び込んだような反応が脳内を埋め尽くす。

思わず辺りを見回して、首を傾げてしまった。


「…どうしたの?」


怪訝そうな声でシスが尋ねてくる。


「反応が多すぎる…魔物の大群の中にいるみたいだ」


そうとしか考えられない程の密度なのだ。

そのせいで、小さな反応を捉える事ができなかった。


「…静かじゃない」


彼女の言うように森は異様な程に静まり返っていた。

私は側に生えている木に触れてみる。

ザラっとした感触と僅かな魔力反応。

魔大陸特有の樹林なのだろうか。


「…こいつのせいか」

「何かわかった?」

「ええ、私の転移魔法はやはり欠陥があるようです。確かにロクでもない場所に飛ばされたようですね」

「だから、言ったじゃない。あいつはクソ野郎なのよ」


その表情はいつも通り冷めたものへと変わっていた。


「…困りましたね」

「じゃあ、高い場所を目指そ。あれが見えるはずだから…」

「あれとは?」

「壁よ壁。神々の境界線って呼ばれてるでしょ」


そういうと私の腕を引っ張って森の奥へと歩き始めるのだった。

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