143話 束の間の休憩

一週間後


丘の上の街の酒場で、俺は溜息と共に腹を押さえていた。


「…金が尽きそうだ」


あの後、街に戻りカミラに報告をした。

教皇と接触した事実を伏せ、協力者と共に教会を外から確認した後、帰ってきたという報告だ。


——減額らしいわ


そして、数刻後の返答に苦笑いを零す。

普通なら街の一つも消しとばしていただろう。


だが、不都合な事実と冒険者を続けたい俺は愛想笑いで受け取ったのだ。


そして、一番の原因は、


「ねぇ、あたしお腹空いたんだけど?ご飯まだ?」


ピンク髪の少女が爽やかな顔で悪魔の要求をしてくるのだ。


「…帰れよ」

「ん〜、お兄ちゃんが教会に行った気がするんだよねぇ」


こいつはどこからか現れて、ピンポイントでこちらの嫌な所を突いてきた。

帰って来ない俺を探して、ギルドに行ったらカミラから顛末を聞いたらしいが、察しが良すぎるだろう。


…というか探すなよ。


「稼ぎに行くって言っても、この辺りから魔物が消えてるんだけどな」

「お兄ちゃん?」

「…なんだよ」

「お金」

「……」


人の話は聞かない主義なのか、満面な笑みを俺に向けてきやがる。


「はぁ」


そんな深い溜息をもらした時だった。


「おいおい、しけたツラしてんな」


金色の髪が揺れたかと思うと、横の席に誰かが座る。

視線を向けると、そこにいたのはシャロンだった。


「おやじぃ、エールを3つ!」

「いえ、4つよ」


そして、間髪入れずにカミラが訂正すると正面に座った。


「久しぶりですね。どこに行ってたんですか?」


シャロンと会うのはあの日の夜が最後だったと記憶の糸を辿る。


「周辺は狩りすぎて遠征してたんだよ。冒険者は楽しいよなぁ」

「貴方クラスが本気で狩ればそうなるでしょ。馬鹿なのかしら?」


相変わらずの言い草で、カミラは鼻で笑うように酒を飲む。


…というか魔物がいない原因はあんたか。


「随分、羽振りが良さそうですね」


彼女の奢りのエールを口に運びながら、再会を祝う。


「安全になるのは良いけど、買取価格が下がる事を理解していないわね」

「なんだそれ?」

「貴方らしいどんぶり勘定だわ」


需要と供給のバランスを指摘したようだが、シャロンは意に介さなかった。


「そいつは新しい女か?」

「ふっ、そんな風に見えます?」

「シスだよ、お姉ちゃん」


冗談混じりにからかうシャロンに、満面の笑顔を振りまくシス。


「へぇ」


見定めるようなシャロンの視線は、どこか冷たさを含んでいた。


「お姉ちゃん、あたしお腹すいてるの」

「いいぜ、好きなもん頼みな」

「やったぁ!…誰かと違って気前いいねぇ」


歓喜の声をあげるシスに苦笑すると、次々と料理が運ばれてくる。


「おいおい」

「食い過ぎなんだよ、おまえは」


財布が軽くなった原因の一つだ。


山盛りになったテーブルで料理を楽しむシス。

一人で晩酌するカミラを余所に、冒険譚を楽しそうに語るシャロン。


私はエールを片手に窓の外を眺める。


「…賑やかになったな」


孤独感に苛まやれ、思い出という名の鳥籠に閉じ籠もるだけだった日々。

一歩を踏み出すきっかけをくれたのは、あの一枚の張り紙だった。


「…楽しそうじゃねえか」


シャロンがエールを片手に、声をかけてくる。


「ええ、楽しいですね」


それは久しぶりにこぼれた自然な笑みだった。

 

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