144話 光の勇者と吟遊詩人

宴は続き、夜が深まる。

葡萄酒を片手に喧騒の中、リュートの音色が静かに響く。


うとうととする目元を擦りながら、その先を見つめれば特徴的な耳が誰かを示した。


「やあ、久しぶりだね」


そして、彼女とパーティを組んでいた青年が私達を見かけると声をかけて近づいてくる。


「よう、いつから来たんだ?」


深酒に頬を赤らめたシャロンが視線だけ向ける。


「到着したばかりさ」


優雅な手振りをしながら、アルスは微笑んだ。


「座ってもいいかな?」

「ああ、奢るぜ」

「はは、ありがとう」


冒険者らしくない上品な動作で椅子を引く。

そして、私に視線を合わせた。


「また会えて嬉しいよ。横の子も冒険者なのかな?」


キザな台詞を何の違和感も、まして恥ずかしがる事もなく言ってのける姿も懐かしい。

私は苦笑を浮かべながら首を振る。


「違いますよ。たかられているだけです」

「シスだよ、お兄ちゃん」


口元にソースをつけながら、彼女は無垢な笑顔を演じてみせる。


「なかなか面白そうな関係なんだね」

「ははは」


説明するのも面倒だ。

私は乾いた笑みを浮かべるだけだった。


「この辺りの情報が欲しいけど、手頃な狩場はあるかな?」

「シャロンが潰してしまったわ。手頃になった狩場はスラム街の住人に荒らされてるそうよ」


カミラが淡々と答える。


「そうなんだね」

「悪いな」

「いや、元々少し狩ったら東の樹海に行こうと思っていたから問題ないよ」


残念そうに顔を曇らすが、すぐに笑顔を浮かべてみせた。


「樹海に?物好きなやつだな」

「傭兵ギルドの拠点があるらしくてね。彼女がどうしても行きたいって」


苦笑いを浮かべながら、アルスはカミラに視線を送る。


「ええ、そう配置されていると聞いているわ」


カミラは訝しむ表情で頷く。


「知らねぇなら忠告しておくけどよ、あそこは毎日スタンピートのパレードがあってもおかしくない場所だぜ?」


昔を思い出すように、シャロンはジョッキ片手に豪快に笑った。


「だからなんだろうね。後続の貴族やゼロス同盟もそこに配置らしいよ」

「貴方、その情報はどこから聞いたのかしら?」


情報の出処が気になったのだろう。

カミラがゆっくりと問いただす。


「ちょっとツテがあってね」

「…そう。ギルド職員も知らないツテがあるのね」

「僕は光の勇者だからね」


食えない男は冗談めかして答えた。


「なあ、ガレオン男爵も樹海の配置なのか?」


二人の会話に神妙そうな表情を貼り付けて、シャロンが口を挟む。


「男爵まで把握してないけど…」


アルスは顎に左手を添え、首を傾げる。

そして、記憶の糸を手繰るように、


「…ああ、あの有名な男爵家なら樹海配置だったね」

「本当か?」

「今の君に嘘をついたら、後で酷い目に合いそうだ」

「そうか、ありがとよ」


神妙な表情から晴れやかな表情に変わったシャロンは上機嫌に酒を飲み込む。


「カミラ、次が決まったぜ…樹海だ」

「…勝手に決めないでくれる?」

「ついてくるんだろ?」

「はぁ、頭が痛くなるわ…」


不機嫌そうに頭を抱えた彼女は、自棄気味にエールを飲み始める。

そんなやり取りを見ていたアルスは、


「なら、一緒に行かないかい?」


そう言って笑いかける。


「ああ、いいぜ」


シャロンはエールを掲げるとそれに答えた。


「アリスも一緒に行くか?」

「…私?」


三人の会話に耳を傾けてはいた。

だが、関係のない話だと興味もなく眺めていた矢先の事だった。


魔大陸を横断するパーティ。

それは憧れていた冒険譚だ。


だが、


——俺はこの先の冒険にはついていけねぇ


シャロンの悲しげな声が脳裏を掠める。


「いえ、やめておきます」


きっと同じ事の繰り返しになる。

私の思う冒険、それは彼女達には死に直結する。

そんな風に思えて首を横に振った。


「…だよな」


何かを察したのだろう。

シャロンは静かに引き下がると、また酒を飲み始める。


「誰かを守るのは苦手なんですよ。気ままに旅をして、またどこかで会いましょう」

「ああ、そいつは冒険者らしいな」


その言葉を最後にリュートの音色がゆっくりと刻を紡ぐ。

 


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