142話 激闘

「聖女様は強者を求めて魔大陸へ?」

「そうじゃ」


予想外の言葉に少年は戸惑っていた。


「貴方に勝てる者なんていませんよ」

「小僧にはそう見えるようじゃが、儂とて敗北を知っておる」


聖女はお伽噺を聞かせるように、珍しく昔話を聞かせる。


「儂の腕を簡単に飛ばした上、次は首だと脅しおったのじゃ」

「恐ろしく斬れ味の良い不可視の刃ですか」

「アレは人では勝てんな。魔族でも儂の知る限り、戦えるのは僅かじゃ」


そう語る彼女の顔は深く被られたローブで隠されていたが、少年には楽しげな姿が容易に想像出来た。


「再戦を挑まなかったのです?」

「意味も理由もなくなってたのじゃ。それにヤツは牙の抜けた狼よ。もう会う事もあるまい」


そして、寂しそうに呟いたのだ。


……

………


「六芒星の瞳に見覚えはありますか?」


青年は遠い昔を懐かしむように微笑む。


「…クロードの知り合いか?」

「それが聖女様の名ですか」


思わず答えてしまったが、彼は満足そうに頷いた。

そして、銀色の筒を真紅に輝く細剣に変化させると、初めて表情を変える。


「戦う理由に整理がつきました。挑ませて頂きますよ」

「何を勝手な…ッ」


返答を待たずに縮地並みの速さで距離を詰めてくると、心臓目掛けて最短期距離で剣先が迫る。


それをギリギリで躱し、右手で薙ぎ払うのだが、鈍い音と共にやはり受け止められてしまった。


反応できない速さじゃないが、あの防御魔法は厄介だな。

 

どちらの魔法が燃費が良いかの勝負になるのだ。

そして、燃費の悪さには自信があった。


再び迫る刃。

同時に空間が歪む程の風の刃が私を襲う。


パァァンッ!


こちらも風の魔法を放ち消滅させる事に成功するのだが…。


リーチの差は如何様にも出来ず、細剣を避け懐に飛び込んでも、転移魔法で逃げられる。


「随分と魔力が多いのか?それとも効率が良いのか?実戦で転移魔法を多発するやつは初めて見たよ」

「両方ですよ」


私の感嘆の声に、彼は涼しい顔のまま答える。


「これはどうですかね?」


青年は右手を銃口のようにこちらに向ける。

そして、光の粒子が文字通り光速の速さで私の身体を貫いた。


もっとも次元魔法で回避したのだが。


「…残念だったな?」

「いえ、聖女様のお話通りです」


お互い次の一手を考えるのだが、大技が効かないと理解しているが故に、地味だが確実な接近戦を繰り返す。


ドゴォォーンッ


二人の影が交わる度に衝撃波で地面がえぐれ、危険を感じた小動物たちが一目散に森へと逃げ込んでいた。


「…困りましたね。貴方に傷をつける方法が思いつかない」

「…はは」


そんな事はないんだがな。


アイリスには次元魔法を発動させる余裕もなく心臓を貫かれた。


マブダチなんて呼び方をする少女には、未だに原理もわからない魔法で消し飛ばされた。


この男の技術には関心するが、アイリスのような速さも、リリスのような理不尽な攻撃魔法もない。


…あるのは、竜種と同じ防御魔法だけか。


腰に下げた銀色の筒にゆっくりと手を添える。


「まさか人間に使うとはな」


蓋を開け、赤黒い液体を空中に散りばめると、明確なイメージを練り上げた。


——魔導錬成


錬金術と表現するのが適しているのであろう。

右手に纏わりついた液体は姿形、硬軟を変え次第に一つの物体を作り出す。


「それはなんですか?」


装着された無数の砲を見て、彼は首を傾げた。


「さあな?」


対竜種の秘密兵器なのだが、わざわざ警戒されるような説明は必要ない。


それより転移魔法持ちにどう当てよう?

この距離からぶっ放して、神に祈るか?


俺は嫌な笑みを浮かべながら、彼を眺める。


「随分と余裕なんですね」


それが挑発と捉えた青年は、言葉の丁寧さと裏腹に睨みを効かせる。


なんだ?意外と内心は穏やかじゃないタイプなのか?


馬鹿にしたように口を歪め、


「いえ、クロードの知り合いにしては大した事がないと思いましてね。あの馬鹿から何も教わらなかったのですか?」


そんな事はないだろう。

その転移魔法、その多彩な攻撃魔法、やつからそれなりの知識を得ているはずだ。


「…しろ」


その瞬間、青年の顔から笑みが消え、低く響くような声色に変わる。


それを見て俺はついつい微笑むのだ。


フォルトナ正教、聖女様、なるほど、なるほど。

ここが感情の揺れるポイントですか。


「聞こえないな?あの馬鹿に何を教わったんだ?」

「訂正しろ。僕は弟子を名乗れるような教えは受けてないが、聖女様への冒涜は許さない」


魔力が爆発的に高まり、恐ろしい程の殺気が全身に突き刺さる。


「はははッ、あれが聖女なら私は神を名乗れそうですよッ」


思わず口から笑いが零れ落ちた。

 

「貴様が!神を名乗るな!」


叫び声と共に一直線にこちらへと距離を詰めてくる。

待ち構えていた俺はそのゆっくりと流れる時間を冷静に観察していた。


心臓目掛けて細剣が伸びる。

魔力を帯びたその剣先は、おそらく俺の防御を突き破る事が出来るだろう。


…左手はくれてやるよ。


だから、最小の動きで左腕を盾にした。


ズサッ!


肉が抉られ、痛みに表情を歪めるが、そのまま左手で引き込むよう掴むと、右手を彼の腹部へと添えた。


青年と視線が交差する。

突き刺さった細剣を見て、笑みを浮かべていたが、


「喰らいな」


右手に魔力を込める。

意志の剣が雄叫びを上げるように無数の銃身を回転させた。


ガガガガガガッ!!

 

駆動音が鳴り響き、濃縮した魔力の全てを込める。

吐き出される轟音。

煌めく粉塵。


彼は奥歯を嚙みしめながら、防御魔法を展開していたが、


ドドドドドッ!


「ぐッ!」


途切れる事のない至近距離での砲撃に、為す術もなく。


「こ、こんな事がッ…」


やがて受け流す魔力も尽きたのか、赤い血が地面に降り積もる。


掴まれているから、転移魔法も意味をなさないのだろう。

いや、防御に精一杯でそんな余裕もない程、刹那の攻防だったのだ。


ドドドドドッ!


バァアアアンッ!!


何かが弾けたような音と共に血飛沫が舞うと左手を離した。

そして、小さくなる魔力反応に目掛けて、その存在が消し飛ぶまで撃ち続ける。


数秒後、土煙の先の魔力反応が消えた。


砂埃の晴れた荒野に無数の穴が開いている。

そのいくつかには欠損した彼の一部が残されていた。


「…人間相手に使うもんじゃないな」


大昔の人々も、初めて向けた銃口の先に同じような光景と虚しさを覚えたのだろうか。


それにしても、


「教皇をやったのは、マズイよなぁ」


えぐれた大地を眺めながら、溜息と共に右手で顔を覆ったのだった。


……

………


アリスが立ち去って数刻後。


空中に光の粒子が集まると、やがて人の形へと姿を変える。


——小僧には無理じゃろう


「…クソッ」


純白の法衣に身を包む黒髪の青年は、形を変えた大地を見渡しながら吐き捨てた。


敬愛する者を馬鹿にされて、恥辱を晴らす間もなく一撃すら返せなかった自身の不甲斐なさ。

溢れ出した感情が雫となり頰を伝い落ちた。


「あれが古の魔族か」


何十年ぶりかの雫が徐々に感情を冷ましていく。

先程までの激情など幻だったかのように冷静さを取り戻す。


「僕は超えてみせる…僕も魔族になりさえすれば…いつか見てろよ」


だが、それでも心の中に溜まった不快感が言葉となって漏れた。


「残機はあと3つか」


その奥の手とも言える蘇生魔法は、聖女から口伝された魂魄魔法であった。


長い年月と膨大な魔力を必要とする魔法。

だから、聖女は無理だと言ったのだ。


だが、クリスタルの力で彼はその魔法を手に入れていた。

もっとも万能な魔法とは程遠く、補充するには暫く全ての魔力を貯蓄に回さないといけない。


「まさか、僕が魔物の襲来に怯える事になるとはね」


彼はそう呟くと歩き出したのだった。


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