135話 幕間 誰かの記憶2

神殿内部


夜の帷が下り、辺りは暗闇に包まれていた。

従者達は神殿の中で各々休息をとっている。

そんな中、聖女はただ一人、神殿の外を眺めていた。


「聖女様?」


そんな姿に心配そうな表情を浮かべる黒髪の少年だったが、声をかけようとして留まる。


視線の先には、寂しげに夜空を見上げる聖女の姿。

月明かりに照らされた姿は美しく、幻想的な雰囲気を纏っている。


深いローブの奥から見える横顔に、思わず見とれてしまっていたのだった。


「…なんじゃ小僧?」

「いえ、お姿が見えなかったので…」

「お主らに心配される程、儂は弱くはないぞ」


そう言って再び夜空へと視線を向ける。


「…長い旅路でしたね」

「人の身であれば、そう感じるのかものぅ」


黒髪の少年は横に並び立ち、同じように空を眺める。


「人の身ですか…」

「…ッ!?」


彼の言葉に罰の悪そうな表情を見せると、視線を逸らしてしまう。

余計な一言を発してしまったからだ。


だが、


「存じております。そのローブで瞳と耳を隠している事を…」

「…そうか」

「貴方がどんな存在であれ、僕は感謝していますから」


聖女の隣を離れず、言葉を紡ぐ黒髪の少年。


「…司祭だなんて名乗ってますけど、肩書きだけですからね」


アルマ王国では、各地に教会が建てられている。

フォルトナ神を祀るその場所は、貴族や商人の寄付で運営されており、人々の心の拠り所となっていた。


教会を運営する者は司祭としての役職に就くが、現実としては貴族の子弟などが殆どである。

それは寄付金で運営している点と、賢者の書に触れた者に芽生える信仰心によるものだった。


組織として成立してるわけでもなく、ただ人々の心の拠り所を守っているのだ。


「…生まれた意味を知りたかったんですよ」

「…変わっているのぉ」

「はは。聖女様も賢者の書に触れましたよね?」


少年は空を見上げたまま、問いかける。


「…ああ、神々の叡智の事じゃな」

「神々?…ええ、正に神の存在を感じた瞬間でしたよ」

「あれは儂にもわからぬ。古きエルフなら知ってそうじゃがな」


そう言って笑う聖女に対し、苦笑いを返す。


「今日は珍しく話に付き合ってくれるのですね」

「たまには良かろう。目的地に着いたはずだしの」


黒髪の少年は彼女の言葉を聞くと、少し考え込んだ様子を見せる。


「父上に家宝の宝剣を授かり、やっと辿り着きましたが、僕はフォルトナ神に会いたいのですよ」

「…フォルトナ神か」

「生まれた意味を神に問いたいんです。毎日それだけの為に祈りを捧げてきましたからね」


少年は空を見上げながら言葉を続けた。


「…儂が言える事は、フォルトナは儂の知る時代には既にいなかった。ただ確かにやつは存在したという事だけじゃ」

「…聖女様の知る時代?」


言葉を返すが、聖女がそれに答える事はなく、ただ月明かりだけが二人を照らしていたのだった。


そして、歳月は流れ…。

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