134話 幕間 誰かの記憶1

九十年程前


魔大陸 最西部


深い洞窟の中を進む人々の姿があった。


「ようやく外に出れるのじゃ」

「聖女様、何がいるかわかりません。僕が先に出ますので…」


黒髪の少年は、ローブを深く被る女性を庇うように前に出る。

周囲には武装した人達が、警戒にあたっていた。


「儂より弱い小僧は後ろに下がっておれ」

「ですが…」


少年が反論しようとすると、女性は手を挙げて黙らせる。


「何もいやせん…ほれ」


眩い光に包まれ、視界が奪われる。

数秒後、視界に飛び込んできたのは広大な草原だった。


「…ここが魔大陸」

「「おおっ」

「だと、良いのじゃが」


少年の呟きを耳に、女性が呟く。

従者達は長く暗い旅路から解放されたかのように、歓声を上げていた。


そして、しばらく歩くと古びた神殿が見えてきた。


「何の気配もないのぅ」


聖女と呼ばれた女性は、そう言うと周囲を探索する従者達に視線を送る。


そして、


「聖女様ぁ!!」


叫び声と共に一人の従者が駆け寄ってきた。


「なんじゃ?」

「都市です!丘の下に巨大な都市が!」

「…ふむ」


従者が指差す方向に探査魔法を放つが、生物の気配は感じられない。


「見てみるかの」


彼女はそれだけ言うと歩き始める。

やがて、視界には一面に広がる広大な都市が映し出された。

ただ遠目で見ても、朽ち果てているのは明白だった。


「もしや、ここはアルマ王国の旧都ではないでしょうか?」


聖女の横に立つ従者が口を開く。

光の勇者というお伽噺では、敗戦から逃れた勇者が新大陸へと落ち延びて、アルマ王国を建国したと言われている。


「ならば、ここは魔大陸なのか…知らぬ景色じゃ」

「…聖女様、あれは!?」


黒髪の少年が指差す方向には、巨大な山脈がそびえ立っていた。

だが、少年が指し示しているのは更にその上空。


黒く巨大な壁がそびえ立っているのだった。


「……」


深く被ったローブの奥で、珍しく表情を変える聖女。

思わず一歩、二歩と前進すると空を見上げる。

そして、小さく呟いたのだった。


「…知らぬ。儂は知らぬぞ、あんなもの」

「…聖女様?」


その小さな溜息は誰にも届かず、少年は心配そうに彼女を見つめた。


「一先ず、あの神殿で休むのじゃ」

「確かにあの都市の中では、死角が多すぎますな」

「それでしたら、司祭である僕の出番ですね」


賛同する声が次々と上がる中、黒髪の少年が進言する。


「なんじゃ、それは?」

「フォルトナ神に失礼のないよう祈りを捧げるのは、司祭の役目ですから」


少年は笑顔で答えた。


「…ふむ。信仰とはよくわからぬの」

「ははは。聖女様の口からそんなお言葉が出るとは思いませんでしたよ」

「前から言っておるだろう。お主達が勝手に聖女と呼んでおるに過ぎぬとな」

「はい、存じております」


そんな会話が繰り広げられながら、一行は神殿の扉を開くのだった。


神殿の中は朽ちた外観と違い、まるで最近作られたかのような真新しさだ。

だが、やはり人の気配は全くない。


「…止まるのじゃ」


その時、突然立ち止まった聖女の言葉によって従者達は動きを止める。


「どうされました?聖女様」


従者の問いかけに答える事なく、彼女は神殿の中に視線を集中させている。


「…領域か」


そして、静かにそう呟いた。

黒髪の少年は、腰に下げた剣を抜く。

司祭に似つかわしくない立派な剣を握り締めると、指示を待つように姿勢を保つ。


沈黙という名の緊張が暫く時を止める。


「…よい。危険はなかろう」


その一言で従者達は一斉に構えを解いた。


「…ふぅ。脅かさないで下さいよ」

「馬鹿、聖女様の勘で何度命を救われたと思っているんだよ」


少年は安堵の息をこぼし、従者達は軽口を叩きあう。

こうして一行は、魔大陸で初めての夜を迎えようとしていた。

 

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