133話 協力者

北区十番街 ドブ鼠


店内は薄暗く木製のテーブルと椅子が置かれているだけだった。

客は私を除けばただ一人。


その一人の白髪の男は隅で煙草をふかしながら、酒を煽っている。

それを横目にカウンターに腰を下ろすと、店主らしき男が声をかけてきた。


「いらっしゃい、何にする?」

「葡萄酒はありますか?」

「ここは酒場だぜ?」


そう言って、銅貨と交換に差し出された木のコップには赤紫の液体が注がれていた。

それを口に運び、喉を潤す。


「…それで、冒険者が何のようだ?」

「……」


店主から不意に問われる。


「…なぜ、私が冒険者だと?」

「ははは、こいつはとんだ間抜けか大物か?」


彼は愉快そうに笑いながら続ける。


「ここは余所者の近寄らないドブ鼠よ。外が騒がしかったが全員ぶちのめしたのか?」

「…なるほど」


どうやら、身内以外お断りの酒場らしい。

そんな中に見知らぬ者が平然と入ってくれば、自ずと答えが出るか…。


「…ギルドの依頼でしてね」

「…協力者か」


顎に手を当て、店主は何やら考え込んでいる様子だった。


「あなたが協力者なのですか?」

「…ああ」


店主は頷く。

そして、店内を見回しながら、言葉を紡いでいく。


「それで依頼内容は?」

「…ギルドから聞いていないのですか?」

「協力者であって、ギルドに所属してるわけじゃないんだ。そっちこそ聞いてないのか?」


…なるほど。

確かに協力者というわけだ。


「依頼内容は、これです」


そう言って、意志の剣をカウンターの上に置く。


「わかりやすく言ってくれないか?」

「出所不明のこれがスラム街に流通しているから調べてこいだそうですよ」

「…出所不明ねぇ」


店主は首を傾げながら、呟く。


「どこまで調べれば良いのかわかりませんが、何か知っています?」

「…ふむ」


彼は考え込むように黙る。

そして、おもむろに口を開いた。


「あんた新入りか?」

「ええ、それが何か?」

「…そうか」


そして、再び黙り込むと店の隅へと視線を移す。


「ゼクス、どうも面倒な依頼らしいぞ」

「みたいだな」


白髪の男は肩を竦めると、ゆっくりと立ち上がりこちらへと歩いてきた。


「悪いな、俺は窓口で本物はやつだ」

「……」


店主の言葉を聞きつつ、ゼクスと呼ばれた白髪の男に視線を向ける。

煙草をふかしながら、相変わらず足元が定まっていない。


「俺はゼクス、よろしくな。えーあんた名前はポチだったか?」


ゼクスはそう言って右手を差し出してくる。


「アリスですよ、今度は本物なのでしょうね?」

「たぶんな」


それに倣い、右手を差し出すと力強く握られる。


「それで何が面倒なのです?」

「あんた、そいつがどこでどうやって作られてるか聞かされてないみたいだな」

「…ええ、そうですね」


ゼクスは頷きながら説明を始めた。


「こいつは北区三番街と南区で作られてるのさ。おっと南区のどこかは知らないぜ?近くて遠い仲なんでな」

「最悪の関係さ」

「…はぁ」


出所不明の答えが簡単に明かされてしまい、間抜けな声が出てしまう。


「わかるよ、わかる。あんたの気持ちがさ」


ゼクスは私の肩をポンポンと叩く。


「表向きはスラム街で作ってるが、管理してるのはフォルトナ正教のやつらだ。もちろん、冒険者ギルドも知っている」

「……」

「付け加えておくとだね、アリスくん。正教とギルドの仲は俺達と南区のような関係らしくてな」


しらふなのか酔っているのか判断がつかないゼクス。

その説明に店主が続く。


「つまり横流ししてるやつがいるのか、ギルドが正教とやり合おうってのか、まあ、面倒な依頼って事だ」


そんな店主を見てゼクスは豪快に笑い声を上げる。


「ははは!正教に隠れて横流し?危ない、危ない。やつらが流してる方がまだ真実味があるさ」


そう言って、笑い声を上げるゼクスに対して店主は静かに問いかける。


「で、どうするんだ?」

「さあな、あんたはどうしたい?」


そう言って、私を見つめてきた。


このままギルドが知っていただろう情報を持ち帰る事が、正解とはいかないだろう。


「…これを作っている場所に案内してもらえますか?」

「いいぜ、北区は庭みたいなものだ。目を瞑ってても歩けるさ」


そう言ってゼクスは瞳を閉じると、ふらふらとした足取りで、


ガツッ


机の角にぶつかった。


「…たまにはこういう事もある」

「協力料は発生するのです?」


そんな彼をよそに問う。


「アリスくん。実に殊勝な心がけだ」

「…はぁ」

「ならば一言、報告書に付け加えてくれたまえ。我々は実に協力的で友好であったとな」


私は苦笑するのだが、店主が足りない言葉を補うように、


「スラム街は見晴らしのいい丘の麓にある。魔法を試し撃ちするには絶好の場所にな」

「…なるほど」

「理解が深まったようで何よりだ」


そう答えるとゼクスは歩き出したのだった。

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