136話 幕間 誰かの記憶3

三十年後


小高い丘の上から、従者を連れた聖職者が都市を見下ろしていた。


「聖女様が再建された都市が…」


その視界の先には巨大な城壁と黒煙が上がっているのが見えた。

その光景に唇を噛み締めると、彼は後ろを振り返る。


「ギルドは…冒険者ギルドは何をやっているのですか!?」

「枢機卿、お言葉ですが彼らは北の平野にて魔族と戦闘中です」

「ここにも魔族が押し寄せているではないか!」

「…地の利を得ておりますので」


枢機卿と呼ばれた男は怒りを露わにするが、対する従者の回答は冷静であった。


「僕が出る。意志の剣を持つ者は追従せよ!」


黒髪の青年は真紅の剣を掲げると、大地を蹴った。


…数刻後


丘の上の城塞都市。


かつて朽ちた神殿しか残されていなかったその場所に、今では多くの建造物が建ち並んでいた。

遠い昔、司祭として聖女の側に立っていた少年は枢機卿となっていた。


聖女の姿はない。

彼女は朽ち果てた都市を瞬く間に魔法で再建すると、旅立ったのだ。


——この先、人の身では死しか待っておらぬ


「…聖女様」


少年は遠い昔の主の名を呟く。

円卓を囲うかつての従者達も、枢機卿として席についていた。


「本国からの援軍はまだなのか?」

「彼の地は遠い。連絡を取るだけでも時間を要するというものだ」

「そんな事はわかっておる!」


一人の発言に他の枢機卿は声を荒げる。


「今回も民に被害が出たぞ」

「丁重に弔い、意志の剣に捧げるのだ」

「…意志の剣…あれが人の最後だというのか!?」


一人の枢機卿が机を叩く。

その勢いで置かれていたコップが倒れるが、それを気にする者はいない。


「他に手段がないのだ…我々は聖女様と違い…所詮、人なのだ…」

「いや、一人だけ人から外れた者がおったな」


枢機卿の言葉に皆が反応する。

その視線は、黒髪の青年に注がれていた。


「…戯言を。貴方達も神に若さを願っているではありませんか」

「確かに、だがそなたは若さだけではあるまい」

「…僕は席を外させてもらいますよ。神に祈りに行かないといけませんからね」


青年は立ち上がると、円卓を後にする。


「…あれが祈りか」

「私はもう疲れたよ。不老不死など幻想なのだ」

「我々も自然の理に従い、天へと召される時期なのでしょうな」

「…そうだな。若い者が私より早く死ぬのだ。正気ではいられぬよ」


枢機卿達は次々と立ち上がると、部屋から去っていくのだった。


一方、黒髪の青年は神殿の奥へと足を進めていた。


聖女が去って五年の歳月が流れた時、偶然発見した地下室。

そこには神が眠っていたのだ。


「フォルトナ神、僕に力を…更なる力を…」


黒髪の青年はそう呟いて扉を開けると、地下へと続く階段を下っていく。

その先は、何もない空間だ。


ただ赤色のクリスタルが安置されているだけの薄暗い場所だった。


「…神よ」


青年が膝を着き、手を伸ばす。

その瞬間、赤い光が部屋中を照らすと女性の声が響き渡るのだった。


『汝の願いは何か?』

「この身を神に委ね、更なる力を手に入れたいのです」


青年の身体に光が纏わりつく。


『…贄が足りぬ』


贄が足りぬ…何度も聞いた言葉だ。

彼は神との会話から、それが経験値であると予想を立てていた。


魔族を、魔物を狩る事で神は願いを叶えてくれる事に気づいたのだ。


そして、


「この剣は贄に値しますか?」


意志の剣。

青年の家に代々伝わる宝剣だ。


これが意志の剣と呼ばれていたものだと知ったのは、旧都を復興してから暫く経った時だった。

王都から来た錬金術師が、旧都に眠る製造場を復興したのだ。


失われた製法。

成長し継承する剣。


青年の家に受け継がれていたのは、地竜ガレオンを貫いたと語り継がれる剣だったのだ。


『汝の願いを叶えよう』


その言葉を聞いた瞬間、剣が光の粒子に変化すると青年の身体に凄まじい力がみなぎる。


「これが…神の加護…」


全身に駆け巡る力は止まる事なく、彼を別の存在へと変えていくようだった。


「…フォルトナ神、そのお姿を拝見するにはどうすればよいのでしょうか?」


青年は立ち上がると、目の前に佇む巨大なクリスタルへと語りかける。


『その願いは叶えられぬ』


だが、答えはいつもと同じだった。


「…生まれた意味を知りたいのです」


黒髪の青年は悲しげに問う。


そして、


『世界を浄化せよ』


いつものように無機質な声で、クリスタルは答えるのだった。

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