131話 鬼ごっこ

スラム街 北区


「あぁ、もう最悪…服が汚れちゃったじゃない」


入り組んだ路地を駆け抜けた少女は、服についた砂埃を払っている最中だ。


「…なんなのよ、あいつ」


出会いは牢屋に放り込まれていた時だった。


影から伸びる魔法。

冷たい瞳。


第一印象は、なにこいつ。

話してみての印象も変わらなかった。


みんなあたしの可愛い顔に騙されるのに、なんなのあいつ。


「…はぁ、帰りたいなぁ」


あの白銀の壁の向こう。

あたしが生まれた場所…。


地面に座り込み空を眺めていると、誰かが近づいてきた気がした。


「鬼ごっこは終わりか?」


目の前に佇む黒髪の少女にしか見えない少年。

いや、少年なのかも疑わしい。


この世界で外見ほど当てにならないものはないのだ。


「…お兄ちゃん、ほんと…面白いね」

「真っ直ぐ案内してくれれば、良いんだけどな」


少年は苦笑いを浮かべながらも呆れ口調で言ってくる。


「案内してるわよ?ほら、こっち!こっちー」


これはただの退屈しのぎ。

長く生きていると、こういう無駄な事もしたくなるのだ。


あたしは立ち上がると、いつもの笑顔を貼り付ける。

そして、迷路のような路地に駆け出した。


誰かが建てたボロ屋の窓に飛び込む。


「おい!」

「うるさい、邪魔よ」


食事中だったのか、乱雑した部屋の中には肉を貪る男達がいた。

そいつらが驚き固まっている隙に、外に続く扉へと駆け抜ける。


少年が追ってくる姿は確認できなかった。


「…確かめないとね」


先程よりも複雑な路地を抜けるように疾走して行く。


やはり追われている気配は感じられない。

それでも念入りにスラム街の建物の中を怒号を浴びながら走り抜けて行く。


やがて、目的地に到着した。

広場のように開けたその場所には、真昼間だというのに酒と煙草の匂いが漂っていた。


刺青だらけの男どもがたむろする無法地帯の一角である。


「よう、珍しいな」

「ちょっとね。相変わらずゴミみたいな場所だわ」

「はははッ、褒め言葉か?」

「ゴミが褒め言葉なわけないでしょ。頭までゴミなの?」

「ったく、変わらねーな」


酒を片手にこちらを見下ろす男と馴染のやり取り。

そして、壁に背中を預けながら、周囲を観察していた時だった。


目の前の空間が僅かに揺らいだように感じる。

そして、黒髪の少年が姿を現したのだった。


「…やっぱりそうなの」


転移魔法、それも追跡魔法と組み合わせているのだ。

そんな魔法、魔族でも珍しい使い手なのに…。


「…終わりか?」

「凄いね、お兄ちゃん。パチパチパチー」


もう逃げる事は諦めたのか? そんな表情で見下ろしてくる彼に乾いた拍手を送る。


「はーい、ちゅうもく!…ほら、さっさとこっち見なさいよ」


そして、あたしの大声と共に周囲の視線が集中した。


「「なんだぁ?」」


そんな男達の声が重なり響く中で口を開く。


「その子を殺したら…10万リン。みんなやるよね?」


あどけない笑顔を作り周囲の者達に問いかけると一斉に静まり返った。

 

……

 

やがて、数秒の沈黙の後、一人の男が口を開く。


「俺にやらせな!安酒とおさらばできるぜ」


そんな言葉と同時に、男は手に持っていた酒瓶を放り投げる。

それは緩やかな放物線を描き、黒髪の少年の足元で砕けた。


「なんだか知らねーが、余所者を処分すればいいんだろ?」


その砕け散った音を合図に次々と声が上がる。


「俺もやるぜ!」

「独り占めすんな!」


周囲を取り囲む連中は、武器を構えて今にも襲いかかってきそうだ。

そんな彼らを眺めながら少年は嘆息する。


「はぁ…」


そして、呆れたように呟いた。


「死にたいんだな?」


小さな呟きと同時に魔力がほとばしった。


「「なっ!?」」


周囲から驚きの声が上がる。

それもそのはず、取り囲んでいた男達の身体を赤黒い影が纏わりついたのだ。


まるで血のようなどす黒い色をした影が這いずり回り締め上げていく。


「なんだこれ!?」

「身体が動かねぇ!」

「助けてくれぇ!!」


身動き一つ取れないまま、男達は恐怖の叫び声を上げる。

それは彼と初めて出会った地下牢の光景だ。


そして、その影はあたしの身体も拘束していた。

右腕に力をいれるが、鋭利な刃物で切られたかのように肌から血が溢れ出すだけだった。


「…へぇ」


静かに佇む黒髪の少年を見据える。


…魔族?


だが、見慣れた魔族よりも底知れぬ力を感じた。


…それとも、使徒なの?


「さて…」


冷たい瞳がこちらを見つめる。

その瞳の奥に宿る何かに身震いをする。


「…ふふっ、あははっ」


思わず笑いが込み上げてしまった。

こんな楽しい気分は久しぶりだった。


…彼なら私を殺してくれるかもしれない。


この呪われた運命に終止符を打ってくれるかもしれない。

そんな期待が笑みに変わっていた。

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